2010年7月15日 (木)

はるくん語(2010.07)

4ヶ月ほど前にはるくん語をここに記したが、今みるとすでに懐かしい感じがする。
2歳と3ヶ月になったので、だいぶ色々なことばを話すようになってきた。
と同時にさまざまな新しい言葉も「発明」された。
興味深いものを以下に50音順で記す。

かんせんしゃん (新幹線)
感染症か?と思わせて、子供たちのヒーロー、新幹線だ。
自分が幼少のみぎりは「ふんかんかん」と発音していたらしい。
母によれば私は当時「さ行」の発音が全般的にできなかったようだが、
その点、わが子は「さ行」は得意のようだ。

しかし、語順がどうもひっくり返るようだ。ゆっくり、
リピートアフターミーモードで、音節ごとに切って、
 「しん」(一呼吸)
 「かん」(一呼吸)
 「せん」
とすると、そのとおり発音できるのだが、直後に
  (ママ)「しんかんせん」
とすると、
  (はるくん)「かんせんしゃん」
となる。

くうしゅうしゃ (救急車)
今度は東京大空襲?なかなか物騒な言葉が好きのようだ。
ミニカーのくうしゅうしゃは3本の指に入るお気に入りであり、
家の隣の病院に時々やってくるくうしゅうしゃに対しては、
不謹慎にも彼は目を輝かせて、「めてー! くうしゅうしゃ、くうしゅうしゃ!」
となる。

ごへんく (おかね)
実はこの言葉の意味が本当にお金であるとは断言できない。
2~3ヶ月前、実家に帰ってみんなでUNOや神経衰弱ゲームで
遊んでいるときに、何気なく彼がこの言葉を発した。そのとき
この耳慣れない単語がいったい何を意味するのか、
みなで議論したのだが、そのときは諸説入り乱れて結論が出なかった。
「お返事」「トランプ」などという説が出たが、
私が有力と思うのは「ごひゃくえん」が転化したという説だ。
しかし、お金などまったく関係ない文脈でも
この言葉が突然出てきたりするので
明確な定義はやはり謎である。

最近、私や妻が、その謎が知りたいという一心で、
お金をゆび指して「これ、ごへんく?」などと聞くと、
否定せず、硬貨が入ったケースを振って「ごへんく」と発音
したりしているため、今となってはごへんく=おかね と公式が成り立ち
つつある。しかし、これは翻って考えれば、親がこの公式を
押し付けてしまっているという可能性もあり、本来
「ごへんく」という言葉が持っていたであろう真の意味は
永遠の謎となってしまったという見方もある。

ただひとつ、事実としてはっきりしていること。
それは、この言葉がなぜか以下のようなフレーズとして
発話されることが多いことだ。

「ごへんく。なーい」

深い・・暗示的すぎて、怖い・・

しゃーぽ (さんぽ)
パパが会社にいくとき、「しゃーぽ?」
といわれると、複雑な気持ちになる。
ホントは一緒にしゃーぽだったらいいのにねぇ。

結局、玄関で靴を両手に持って(履けない)、
泣きながら「まってー」という彼を置いて、
会社に行くことになるのだが、
心は痛いわ、会社いくのタルいわで、
泣きっ面に蜂状態だ。

しかし、愛されてる感じがして、ちょっとうれしかったりもするのはヒミツだ

じゅんじゅんばん (じゅんばんばん 順番)
NHK教育テレビの「いないいないばぁ」で、うーたんたちが歌う、
「じゅんばんばん」である。公園の滑り台や、楽しいおもちゃを
独り占めせずにオトモダチと順番でやりましょうという「教え」が
込められた言葉だ。
「じゅんばんばん、
 ばばばんばん」
という歌詞であり、音韻の関係上、「ばん」x2であるところが
ポイントなのだが、かれは前述「かんせんしゃん」同様、
何度言い聞かせても、
 (ママ)「じゅんばんばん」
 (はる)「じゅんじゅんばん」
になってしまう。更に問題なことは、彼はこの言葉を
間違った方向に理解していそうだということだ。

なんと先日、公園の滑り台でちょっと小さな女の子が遊んでいるところに
走っていって、「じゅんじゅんばん」と言い放って、
その子を突き飛ばして泣かせてしまった。

本来は、「じゅんばんばんで、オトモダチに譲りましょう」という
調和の精神、美徳を説いた歌であるのに、彼は、
「じゅんじゅんばんだから、俺に譲れ」という
略奪賛歌だと思っているのだ。

彼にとって、この歌はこう聞こえているのだろう。
「じゅんばんばん! 俺のばん!」

とんとんて (てんとう虫)

なんか、間違い方がかわいい。
基本は僕が会社にいっているとき、
ママとの散歩でよく「とんとんて」と出会うようだ。

はっぴ、とぅーゆ (ケーキ、ろうそく)
2010年4月2日 Happy Birthday to you .. と歌って、2本のろうそくを
ふーっと消して、ケーキ解禁ということで初めて食べたケーキが
よっぽどおいしかったのだろう。ケーキを見ても、ろうそくの炎を見ても、
「はっぴ、とぅーゆ?」とうれしそうに発する。 難しいBirthdayという部分を
大胆に省略してしまうあたりがなんかすごい気がする。

ぴーぴーたん (ピーターパン)
これも、なんか間違い方がかわいい。
版権切れで激安なぴーぴーたんDVD(500円)
を時々昼間につけているようで、そこで覚えた言葉らしい。
僕自身はあまり聞いたことがない。

ぴーぽ (パトカー)
彼の耳はすごい。突然彼が「あ、ぴーぽ」というので、
こちらが「え?」とびっくりする。そして2秒後に、かすかなサイレンが聞こえてきて、
「あ、ほんとだねぇ」となる。こういうことがもう10回ぐらいあっただろうか。
私にとっては雑音として捨ててしまっている音が、彼にとってはおそらく宝のような
価値のある音なんだろう。 ちなみに、ぴーぽーという音は
パトカーのサイレンではなくて、救急車のサイレン音なわけだけれど、
その辺をあまり意識せずにパトカーを「ぴーぽ」と教えてしまったので
そう覚えてしまったようだ。 同義語として「ぽか」があるが、
こちらは日本語のパトカーが転じたものと思われる。

最近われわれが、それぞれのサイレン音が実は以下のような関係に
あることに気づいたので、パトカーを指してぴーぽという用法は家庭内で
あまり用いられなくった。

・ぽか : うーうー
・ぼうそうしゃ : うー、かんかんかん
・くうしゅうしゃ : ぴーぽー、ぴーぽー

それに伴い、彼も「ぽか」を使うことが多くなったように思われる。

ぼうそうしゃ (消防車)
初めて聴いたとき、耳を疑い、そして笑いがとまらなかった。
赤い消防車のミニカーを持って「暴走車!」である。
消防署の前を通ると、興奮して
「あ、ぼうそうしゃ! ぼうそうしゃ! めてー」
である。 あまりに見事なので、もともとはるくん語であった
この言葉は、文化侵食現象を起こし、
家庭内で公用語の地位を得てしまった。
すなわち、幼稚園に入るまで、彼が育つ環境では、
「ぼうそうしゃ」としか発話されないわけで、
「しょうぼうしゃ」という音はめったに彼の耳に入らない。
おそらく、彼が大人になっても「fire engine = ぼうそうしゃ」
は、我が家の辞書に刻まれ続けることだろう。

僕の育った家庭で「新幹線 = ふんかんかん 」であったように^^

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2010年6月 6日 (日)

子ども手当


ブログネタ: 「子ども手当」 率直に言ってどう?参加数拍手

今日、横浜市から子供手当の現況確認云々の手紙が届いた。

世間で話題の子供手当だが、正直なところ、家計が苦しいのでうれしい。
国の借金云々は気になるといえば気になるが、ホント、正直いうと、
もらえるから目先のことだけ考えてうれしいというのが本音だ。

しかし、もらえる額が今年はまだひと月1万3千円である。
先日会社の同僚とはなしたのだが、メディアや政治が大騒ぎしている
国の負担がどうこうというのは正直ピンとこない。

というのは、これまで児童手当としてもらって1万円もらっていたのが、
廃止されて子供手当として1万3千円もらえるようになるだけだからだ。
つまりもらえる額がひと月3000円アップするだけであって、我が家の
家計を潤してくれるボリュームとしては大したことがない。

来年以降満額の倍額になるときのインパクトのほうがはるかに
大きいのではないかというのが、2歳児を一人持つある1世帯の
リアルな感覚だ。

そういう観点での政治家発言やらメディア報道ってのをまだ見たことが
なく、さも大きなばらまきが今始まって景気への影響がどうだこうだ
大ニュースだとばかり騒がれていることに少々違和感を覚える。

まあ、12歳以上の子を持つ世帯にとっては、ゼロから1万3千円だから
だいぶ違うとおもうけどね^^

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2010年5月 2日 (日)

LED電球を買ってみた

我が家は、エコの流れに逆らうかのように白熱電球だらけである。
それは僕が蛍光灯がなんとなく嫌いだからだ。

何が嫌いって、まずオフィスみたいに白い光だと心が落ち着けない。
電球色蛍光灯ならばまあいいのだが、ばかのひとつ覚え的に
調光器とりつけまくりでスポットライト&ダウンライト中心
の我が家には、蛍光灯の出番はあまりないのだ。

しかし、白熱電球はやっぱり以下のデメリットがある。

・夏、暑い
・よく切れる
・電気代が高い

なんだかLEDが最近面白いことになってきていることもあり、
半年ぐらい前から一部LED導入をしようともくろんでいた。

そして今日、ついにLED球を3本買ってみたのだ。

(つづく)

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2010年4月18日 (日)

久々のおでかけ

ここ数週間妻の体調がわるく、週末どこもいかずに
家にいることが多かったが、今日は久しぶりに車で外出した。

まず、家を出てすぐ、車の窓を拭くべく、家のすぐ近くの道路建設予定地で
ちょっと車が停められるところに車をとめようとしてみた。

すると、今日はフェンスの扉が開いていて、中に車が停めてある。
どうやら近くの公園で少年野球の大会をやっていて、彼らが
横浜市から許可をとってフェンスをあけたようだ。

フェンスが開いているのは珍しいことなので、ちょっと中に入ってみて、
そこで窓を拭くことにした。

ここの道路は権太坂泉線という道路で、あと10年ぐらいすると
我が家の集合住宅の庭の下をトンネルで通って、緑園都市方面に
抜けるようになるのだが、トンネルの入り口だけ作っていて
その先はまだ掘れていないということだけは知っていた。

フェンスを通って一番奥、
トンネルの大きな入り口の前に車を停めてみた。

ここに住み始めてからもう4年も経ったが、ここまで
トンネルの入り口に近づいたのは、初めてだ。

ふと見ると、トンネルの入り口付近は低くなっているようで、
水が溜まって湿地のようになっていた。

大きな空洞を前にすると人間がやってみたくなること。。
他人がいるとなかなかできないが、家族だけだと
必ずやること。 それをしてみた。

「やっほー」

・・・

「やっほー」

おっ すごい、丁度1秒ぐらいのラグでクリアなコダマが帰ってきた。

ハル君は驚いたようで、何度も何度もきゃっきゃと
声をだしてコダマを楽しんだ。

さて、車の窓を拭き、いよいよ出発だ。。
まず我々は、みなとみらいを目指した。

コレットマーレなる建物が最近出来て紀伊国屋書店が
入ったということで、妻がそこにいきたいそうだ。

横浜新道と首都高を乗り継いですぐにみなとみらいにたどり着いた。

コレットマーレでは、紀伊国屋書店で子供用の絵本をみて、
カキを食べささせることを特徴とするレストランで、
カキを頼まずに普通にピザとパスタとリゾットをいただいた。

その後、何気なくみなとみらいをドライブしつつ、
臨港パークというところにいって散歩してみた。

コスプレな人々が沢山いてびっくりした。
はるくんは、はとを追いかけたりして楽しそうだった。

その後、セキチューなるホームセンターに行こうと思ったのだが、
駐車場が混んでいてなんとなくパス。

いつもの新山下のHOMESにいった。
文房具と新幹線のビデオとキッチンの荷物を整理するカゴを買って、
フードコートでラーメンやらマックやらを頂いた。

僕が頼んだ激辛ラーメンをハル君が欲しがるから、
ちょっとあげてみたところ、すごくからそうにして
泣いてしまった。

昼ごはんも、僕が頼んだアラビアータスパゲッティを
食べて酷い目にあったが、晩御飯でも同じ目にあってしまった。
かわいそうに・・

その後、家路についたのだが、車の中ではるくんが
寝てしまったので、寄り道して緑園のツタヤにいった。

僕と妻が昔みたアニメ

 ・長靴を履いた猫
 ・少年ケニヤ

なんかを見たいねということで、ツタヤで探してみようという流れだ。
僕は車の中でまっていて、妻に探しにいってもらった。

少年ケニヤはおいてなかったので、
ドラえもんの「のびたの大魔境」を借りてもらった。

以上、ひさびさのおでかけだったので、
日誌です。

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2010年3月13日 (土)

はるくん語(2010.3)

彼ももうすぐ2歳になる。 彼が今話している言葉をあとで「かわいかったねぇ」と懐かしむべく以下に記す。

興味深いもの

あきー?(パパ!)
あけてー! (お願い!)
あち(熱い)
あっちよー(あっちにいこう・出発しよう)
あと(ありがとう)
あーと(ありがとう)
えい!(こら!)
おんこんぎー(おにぎり)
かんかんかん(踏み切り)
きしゃ(電車)
どっちー?(とって!)
ないない(片付けます)
にゅうにゅう(牛乳)
ばっぴ(おっぱい)
ばっぷい(おっぱい)
ぽー(機関車)
よーい、すたーと (出発進行)

英語

あぷ(UP)
だう(Down)
あぽ(Apple)
なな(Banana)

ちゃんといえてる

でんしゃ(電車)
ばす(バス)
てぃしゅ(ティッシュ)
だい(ふみ台)

幼児語としてちゃんといえてる

ぷ(おなら)
ぴぴ(しっこ)
でゅでゅ(うんち)

ベビーサイン
以下はしゃべらずに、まだベビーサインでやる。

もっと(しゃべり言葉との併用もある。)
散歩
くつ

番外
あや あや えい(アラヤ、アマラ、涅槃寂静)

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2010年2月21日 (日)

三浦の河津桜 ~洗車場の悲劇を乗り越え~

P2210010今日は紆余曲折の末、三浦で素敵な河津桜を見ることができた。大渋滞覚悟でわざわざ伊豆まで行かなくとも、春の訪れを感じて心ときめくことができる、三浦の河津桜。非常にオススメです。


計画

昨日、梅見から帰ってきて、何気なくテレビを見ていたらNHKのニュースで松田(神奈川)の河津桜の話題が流れた。

えっ!
河津桜って伊豆の河津町以外でも見れるの?

ということで、早速Webでしらべたところ、確かに松田(東名の大井松田インターの)で河津桜咲きまくりで桜祭りをしているようではないか!

しかも、もっと調べてみると、三浦半島は三浦海岸のあたりでも
ちょろっと河津桜を楽しめるようだ。

ということで、昨晩のうちに、今日は
我が家から一番手軽にいけそうな、
三浦の河津桜をみにいくことに決定した。

ということで本日のプラン

1.三浦の河津桜を見る。
2.車のシートが汚れてきたので、車用掃除機をみる。
3.昨日購入したデジカメのUSB充電を車のシガーソケットからやるための器具を買う。
4.4年前に購入した無印の電子レンジが壊れたっぽいので、新しいレンジを電気屋で検討する。

2番以降は、ここまで前フリがないが、まあ、
人生色々あってブログに書けるのは1%以下なわけで、
しょうがないのだ。

インターネットで色々調べたところ、
2については、車の中で使えるハンディクリーナーの類は
吸飲力がショボイので、巷の洗車場で毎回100円か200円払って
掃除したほうがよいという結論となった。

3については、以前購入した携帯電話充電用の器具が
既にUSBのI/Fを持っていることが判明。特に新たに
なにも買わずに車から充電できそうという結論となった。

ということで、プランを更新

1.家の近くの洗車場に行ってみる。
2.三浦の河津桜を見る。
3.帰りに電気屋による。

早速、まずは家から車で2分の洗車場に向かった。

はじめてのコイン洗車場

今の住処に引っ越してきてもうすぐ4年になるが、
この洗車場に来るのは初めてだ。というか実のところ
コイン洗車場なるところに来ること自体初めてだったりする。
いつも洗車は集合住宅駐車場内にある
簡易洗車設備で済ませてしまっているためだ。

さて、今回は車の外側を洗車することが目的ではなく、
はるくんの「かにパン」やらなにやらの食べかすで
目も当てられないぐらい汚れてしまった車内を強力掃除機で
キレイにするのが目的である。

しかし、コイン洗車場というところに来たのは初めてだったので、
何がどこにあるのかさっぱりわからず非常に迷った。

あれこれキョロキョロ見回しながらやっと掃除機を見つけ、
そこに車をとめて早速100円を入れてみた。

100円で5分と書いてある。 

むむ・・ まだ動かないな・・
良く見ると印刷がハゲかかった「運転」ボタンらしきものがあるのでそれを押してみる。

おっ・・ 動き出した。

ということでまずは車内を掃除しまくり。
結局5分ではたらず2コイン目を投入し、10分でおおかた
車内はきれいになった。

なかなかいいな。コイン洗車場。

ジェットで洗う!

車内がきれいになったところで、
土ボコリで汚れた車外もきれいにしたくなってきた。

そこで、車外洗車の機械のあるところに車を動かし、
600円を投入してジェット噴流で車のそとも掃除してみた。

こちらも機械の使い方がよくわからず迷ったのだが、
結局大失敗をしてしまった。

途中で泡の洗剤をかけたあと、
本来10分かけてゴシゴシすべきフェーズで
「中断」のつもりでボタンを押したところ、
ゴシゴシフェーズをスキップしてしまったらしく、
せっかくかけた洗剤をこすらぬまま
すすぐ羽目となってしまったのだ。

結局、そのせいか、
汚れがちゃんと取れなかったのだが、
「うーむ。なんて不親切な機械だ」
と思いつつ、一つ勉強できたのでよしとした。

というのは、ジェット噴流で車を洗うってのが
あまりに面白かったので、おおらかな気持ちになってしまったのだ。

その後、妻が「無料でマットを洗う機械」なるものも発見したため、
さらにその機械の横に車を移動し、私は今ジェットですすいだエクステリアを
からぶきする役を、妻はマットを洗う役をお互い少し興奮気味でせっせとこなした。

そして、そんな中で、悲劇は起こった。

洗車場での悲劇

自分が雑巾をしまうためにトランクを開けようと思ったときのことだ。

む・・開かない。

すかさず妻に尋ねる。

「ねぇ、扉開けてよ。」

すると、妻は

「え?私も開けられないよ?」

・・・

気付けば、はるくんがにこにこと運転席に座っていて、
僕の鍵は車内の上着のポケットの中。
妻の鍵は車内のかばんの中という状態。

・・・
あ・・れ・・・?

「デッドロック成立~」

どうやら、得意顔で運転席に座っているはるくんが
扉ロックボタンを押して閉まったようだ。
いわゆる変則的ながらキー閉じ込めという状況が発生してしまったのだ。

そのときは、何が起こったのかサッパリわからず、
我々が事の重大さに気付くには約5秒か10秒を要した。

寒空の下、父と母は車の外に締め出され、
1歳の息子は車の中でニコニコしている・・・

あたふた
状況を打開するには以下3つのオプションしかない。

1.彼がもう一度扉ロックボタンに興味を示して
  それを逆向きに押してくれること。
2.JAF的なところに頼る。
3.ここから50KM離れたところに住む両親に
  スペアキーを持ってきてもらう。

結局我々は、その3つすべてにすがった。

まず我々は扉オープンボタンを押してくれと
色々なジェスチャーや言葉がけ必死にではるくんに訴えた。

言葉もわからず状況もわからない彼は、
ガラスの向こうでニコニコこちらのジェスチャーのマネなんかをしている。

先ほどまで照っていた太陽が陰ってなんだか寒くなってきた。
しかし上着は車の中だ。。

たまたま携帯電話がフリースのポケットに入っていたので
いつも世話になっているホンダのディーラに妻が電話を入れてみた。
何度かやり取りするなかで、状況を理解してもらえたようだ。
状況打開のための策(JAFを呼ぶか別の方法があるか)を検討してくれるそうだ。

一方、それでもなんともならない事態に備え、実家にも電話をいれた。
ここにきてもらうには片道2時間近くかかるのだが、
状況を説明しつつ「鍵もって来れるよう出発準備して」
と無理な依頼をする。

車の中のはるくんは、まだ状況がわかっていないようで
ニコニコしているが、彼が泣き出すのは時間の問題だろう。

実家の側は母と妹が車で近所に買物に出かけてしまっていたらしく、
色々と連絡が錯綜した。その間にも、はるくんに「アンロックボタン」を
押してもらうための努力は続けた。

どのくらいの時間が過ぎたのかは覚えていない。


F1000191慌てていた僕の感覚では20分ぐらいに感じたが、実際はもっと短かったのかもしれない。 ついにはる君が異常に気付いたのか、顔が泣き顔になってきた。そしてその10秒後には、ガラスの向こうで大声で大声で泣き出した。


F1000192何もしらずに泣きじゃくるわが子を見るのはとても心が痛んだ。だっこしてあげたくても、ガラスが邪魔して何もできない無力感。

妻は、安心させようと、
がんばって笑顔をつくっていたが、
同じように心が痛かったと思う。。

そんななか、ディーラさんから電話が入った。



調べてもらった結果、以下のようになるとのことだった。

・JAFに依頼すると、きてもらうのに1時間かかる上に、
 特殊な鍵なので開けられるか分からない。

・一方で鍵屋さんに頼むと30分で来てくれて、確実に開けられるとのこと。
 どちらも料金は1万3000円ぐらい。

我々は鍵屋さんにきてもらうことにして、ガラスの向こうで
すがる様に泣くわが子に何も出来ぬまま、寒空のもと
上着なしで震えながら待つことにした。

Honda Cars横浜南東戸塚店のNさん

しばらくして、鍵屋さんが来る前に、
ホンダのディーラのNさんという方が来てくれた。
彼は鍵を開けてくれるわけではないが、
絶望感と無力感の中にあった我々の話し相手に
なってくれて、勇気付けられ、とても嬉しかった。

ディーラのNさんは、車の中で泣いてるはるくんに
「おぉ~・・かわいそうだねぇ・・」と一緒に声をかけていただき、
しかも、僕が寒さでクシャミをしたとき、
はっとした表情になり、上着を脱いで、
同じように寒そうにしていた妻に「どうぞ」と着せてくれた。

おお・・ 何たる鏡のような営業マン!
僕は次もホンダ車を買う決意をしましたよ。
次の車検もディーラさんでお願いすることが決定しましたよ!

そして、はるくんが泣きつかれて寝てしまったころ、
鍵屋さんが到着し、すぐに作業にとりかかってくれた。
そのとき、僕らには鍵屋さんは神様に見えた。

しばらくすると、鍵屋さんが首をかしげながら
携帯電話を取り出してなにやら電話をしたりなんかしだした。
結構複雑な鍵なのか、手こずってしまっていたようで、
色々なにやら良く分からない用語で質問をしている。

ちょっと不安になったが、今我々が頼れるのはこの方だけである。
神様である。「大丈夫ですか?」などと聞くのは畏れ多いと思い、
とにかく震えながら作業を見守った。

・・・結局20分~30分ぐらいかかっただろうか・・・

かちゃっと言う音と共に、ロックがはずれ扉が開いた。
その音で起きたはるくんを救出し、なきじゃくる彼を
ママはめいっぱい抱っこしてあげた。

鍵やさんとHonda Cars東戸塚店のNさんにお礼をして別れ、
上着を着て震えながら車内に戻った僕らは、
自分たちの不注意で1万3千円のエクストラの出費と
1時間以上のタイムロスがあったにもかかわらず、
なんだか達成感・克服感に包まれた。

実家に「開いたよ~心配かけてゴメンネ~」と電話をし、
予定通り三浦に向かうことにした。

三浦の小松が池公園へ

P2210009結局目的地についたのは4時過ぎだったろうか。横横経由で三浦市の「小松が池公園」というところを目指したのだが、
途中横須賀PAによろうとして、間違えて手前の横須賀ICで横横を降りてしまい、そこから意地をはって下道を使って目的地にたどり着いた。


P2210017
京急の終点、三崎口とその手前の三浦海岸の駅の間、
電車沿いの道に植えられた河津桜。

桜の下には菜の花も植えられており、
菜の花と桜と青空のコントラストがとてもキレイだった。

はやる心をおさえつつ、
我々は駐車場を探した。

あった。
Webに書いてあった臨時駐車場。
1日400円。良心的だ。

車を降りて我々はベビーカーを押して
散歩道に向かった。



P2210012桜色、黄色、黄緑、水色。
カラフルな色は完全に春の色で、
自然と心がウキウキした。

F1000177


素晴らしい!
寒くて憂鬱なこの季節に春を感じられること。
これがどんなにうれしいことか。
F1000179

この付近の地元の方が地域活性化のために一本一本植えたそうだ。
なんと素晴らしい。

池のまわりの散策
電車沿いの散歩道を案内にしたがって進むと
池のほとりに入るための階段があった。
そしてその先に階段を下りて電車の下をくぐる散策道が続いていた。

散策道がなんだか楽しい。
池のまわりの湿地をあるくため、
長野あたりの湿原にある木道のような感じになっているのだ。(金属性だったけど)

F1000181
湿原風の散歩道を進むと目的の小松が池についた。
池には鴨が遊び、
ほとりには河津桜が咲いていた。

桜を楽しむ人々が10人ぐらい。
そして、堤の上の道路には、
池の向こう側から眺めつつ、ずっと
楽しみにしていた大判焼き屋が。

F1000184しかし、ここについたときには、ちょうど店じまいしてしまったところで、あったかい大判焼きにありつくことはできなかった。



かわりに水筒に入れてきたあったかいお茶を飲んで一服。
至福のひとときだ。



P2210032散歩をしていて気付いたが、
「紆余曲折の末にたどり着いたこの景色」
ということも多少プラス要素になったのかもしれないが、
僕らは、丘がちな地形に畑が広がる景色に魅了されていた。

「いずれはこんなところに住みたいね・・」
「そうだねぇ」
「ほら、あそこの家が洋風だったら、
 なんだかテレビで見る、フランスの農村みたいじゃない?」

ホント、通勤さえなければ、こういうところに
住めたらいいなと思う。

F1000185広い庭で地域の景観向上に寄与できる家。
いずれそんな家に住める日を夢見つつ、
夕日をみながら、
「明日からの仕事もがんばろう」なんて思えた。
理想的な日曜日だった。

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2010年2月20日 (土)

大倉山公園で梅見

P2200015横浜は港北区、大倉山駅の近くにある大倉山公園というところに梅見にいった。

本当は伊豆の河津桜を見に行きたいと思って昨日からプランを練っていたのだが、遠すぎるのと渋滞が熱そうだったのでとりやめ、手ごろな梅をみようということとなった次第だ。


家から車で出発。環状2号を北上しつつ、一つ寄り道をした。

寄り道:デジカメげっと

5年前に買ったデジカメを、先日甥っ子のY君にプレゼントした。
それで新しいデジカメが欲しかったので、
まずは新横浜のビックカメラに立ち寄った。

購入したのはOLYMPUSのμ-7040というモデル。

本当は、乾電池でも使えて光学10倍ズーム、かつ手ブレ防止機能つきで、
デザインがかっこよいやつという要件で探したのだが、要件を満たすモデルが
ひとつもなく、これに落ち着いた。

一番売れ筋だよという説明と、
USB充電ができるというのが決め手だったかな。

乾電池対応がうれしいのは、デジカメの充電とか
面倒だし、電池切れを心配しながらカメラを
持ちあるくのがストレスだからだ。

その点USB給電できるとパソコンや車なんかからも充電
できそうなので、よいかな~と思った次第。

さてデジカメを手に入れたところで、いよいよ本日のターゲットである
大倉山公園に向かう。 車は駅の近くのマルエツに停めさせてもらった。
(帰りに買物もした&足らない分の駐車料金払った。)

大倉山公園

大倉山の駅のまわりはコチャコチャとした感じだが、
メインストリートは電線地中化がされていて、
なかなか小洒落た感じ。さすがは東横沿線ですな。


P2200001今日は梅見のトップシーズンと言うこともあって、明らかに同じ目的と思しき人が多く、駅からすぐについてゆくべき人の流れというものが見て取れた。

人の流れに従って坂をのぼってゆくと、白い洋館が建っていた。
大倉山記念館というらしい。


P2200019
その脇をとおりさらに奥に進むと大蔵山公園の梅見会場的な場所についた。
露店が沢山出ていて、なんだかお祭り的な雰囲気。
あれもこれも食べたいが、我々は自宅からおにぎりとお茶を持参しているので、とりあえず今は我慢・・

露店の集まる広場を抜けると、梅林が目に入ってきた。
おお、梅見だ! 梅見だ!


早速、梅の花の下にレジャーシートを敷いて、
家から持参したおにぎりとお茶をいただいた。

お金はかけていないが、なかなか優雅な気分だ。


P2200010
白い梅、赤い梅、桃色の梅。

梅の花は桜と違って遠景からみると、「あふれんばかりの春の喜び」という感じではないが、カメラで言うところの接写モード的にミクロに見ると非常に美しい。


顔を近づけたとき、
花というものは香りを楽しむこともできることを思い出した。
  (そーいや、忘れてたw)

 ・・くんくん・・

うーむ。上品な香り。
何年ぶりだろうか・・・
やっぱり芳香剤とかアロマとかもいいけど、
この上品さはやっぱナチュラルならではなのかもと思った。

P2200004先ほど購入したデジカメも早速活躍してもらおう。
ということで、レジャーシートの上で遊ぶはるくんの写真を撮っているときに、
ふと思い出したのが、自分が小さいときに両親・妹などと一緒に写った
昔の写真のこと。 あれは東京の吉野梅郷だったかな。

ジェネレーション。
まだ一回りはしてないけど、
そんな言葉が頭に浮かんだ。



帰り道。
もともと、ららぽーとかノースポートあたりによって、
ご飯を食って帰ろうなんて話をしていたんだけど、
途中で焼き鳥やら大判焼きなどを頂いてしまったので、
あまり空腹ではなかった。



んで、なんとなく「明るいうちに帰る」という
健康的ファミリー的なことがしたくなり、まっすぐ家に帰ることにした。

3年前までだったら、一度「おでかけ」したら
8時でも「まだまだ~!」
11時ごろになってやっと「そろそろ帰るべか~」的な
ことになるのが我々流だった。

だが、今回は3時になったら、「もう帰ろう」という風にする。

そろそろはるくんのためにも、良き両親となれるよう、
僕らも変わらなくてはならないかなぁ・・ 

なんていう義務感もゼロじゃないけど

太陽が見えるうちにウチに帰ってくるのっても、
結構家にかえってからゆったりできていいかな・・

という気持ちが80%かな。

まあ、とにかく、梅見、楽しかったです。

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2010年2月14日 (日)

妹と東久留米サイクリング

木曜日から実家に帰っている。

昨日の天気が悪く、今日は比較的晴天だったので、
本当はみんなでどこかにドライブになぞ行きたかったのだが、
妻の体調が悪くなんとなく家の中でくすぶっていた。

(Disney の Carsなんかを見たりして・・)

2時ごろなんとなく妹と二人でサイクリングにいくことになった。

家の近く(自転車で10分ぐらいのところ)で六仙公園という公園
を東京都が建設中であり、ちょっとその工事が進んだという話だったので
とりあえずそれでも見に行こうというお題で我々は出発した。

家を出てすぐ、まず森をとおることにした。
実家に帰る時はとりあえず家のとなりの森を散歩することが
多いのだが今回の帰省(っていうほどじゃない。月1回ぐらいのペースなので)
ではまだ森の散歩をしていなかったので、ちょうどよかった。

森を抜け、畑や住宅地を抜ける道中、蝋梅が咲いている家が何件かあった。
また、道沿いの畑に咲いている蝋梅の花は顔を近づけて香りを楽しむこともできた。

毎年のことながら、春の訪れが待ち遠しいこの季節、
蝋梅や梅の花は僕達に元気をくれる。

六仙公園

目的の公園についた。

六仙公園は数年前から少しずつ整備されつつあるが、
まだ大半は土地未取得で住宅やら畑が広がる中で
すこしずつ虫食い的に公園予定地というのがぽつぽつある状態。
非常に小さな部分が部分的に開園しているものの、
まだまだ魅力的とは言い難い。

公園予定地の中には、東久留米市立第八小学校という
閉校予定の小学校が含まれている。

学校の屋上に「ありがとう。ふるさと」みたいな看板的なひらがな群が
掲示してあるのをさして、妹が「なんだかせつなくない?」といった。
僕が何気なく「べつに」と答えると、
「おにーちゃんは、開発側の人間か。
 エンジニアはやだねぇ。」などといわれてしまった。
うーむ。「べつに」の後に、「どーでもいいよ」とはいってないんだけどなぁ。
僕もちょっと切ないなぁなんて思っていたのに・・
ただ、公園になるならそれもいいかなという思いとのバランスのなかで
「切ないから開発反対」とまで言う気はなかったので、
何気ない答え方をしただけだった。まあいいや。

確かにその小学校の卒業生からしたら、さびしいんだろうな。と思う。
街並(村といったほうがいいような風景だが)が変わるというのは、
誰かが切ない思いをするものだと思う。

僕も、風景はなるべく変わらないほうがいいと思っている。
だけど、土地利用の適正化というのは、やっぱり大事だと思う。
すなわち、風景を変えるときは、考え抜いて、
そうやすやすと変えてゆくのではなく、
最低100年はみんなでその風景を愛して行こう・・みたいな
気概をもって変えてゆくのがいいんじゃないかなと思う。

氷川神社

その後、湧水地の横をとおって氷川神社に着いた。
神社に近づく坂道を降りるとき、
妹がいたずらっぽく、「氷川神社って最近、驚き要素があるんだよね・・」的なことを言った。

なんのこっちゃと思いながら、特に気にせずお賽銭を10円入れて、
家内健康安全なんかを祈って、さて帰るぞと思ったそのとき、
妹が横にあるテントに入って行った。

妹は2年前から、何をおもったか東大の宗教学修士課程なんていうものをやっている。
一昨日は昨年末に出した修士論文の口述試験というやつだったらしく、
なんだか教授陣に「論文が長すぎる」だの「内容は4分の1でいい」
「これは、論文を書く前のメモだ」などと言われたそうで、
昨日は突然泣き出したりしてちょっと気持ちが不安定のようだ。

神社の横にあるテントに入ってゆくという行為は、おそらく
僕一人ならやらないオプションなのだが、宗教学なんてのを
やっている妹がとる行動としては自然だと思った。

テントに入ると、机が並んでいて、その上に「皇族」とかいう
雑誌が並んでいたり、署名用紙が置いてあったりした。

・選択的夫婦別姓反対
・外国人への地方参政権付与反対

という二つのお題で署名してくださいとのことだった。

「日本の政教分離ってどうなっちゃってるんだろうね」

と妹が言った。妹がいっていた「驚き」とはこのことだった。

僕は政教分離の趣旨やあるべき線引きの塩梅など
イマイチよくわからないところもあり、うーむというだけだったが、
なんとなく夫婦別姓反対のところには署名してみた。
(5年ほど前、このブログにも反対って書いたし・・)

妹はそのことに少々不満だったようで、
少しだけ選択的夫婦別姓に関する議論になった。
まあ、現状は男にとって都合のいい制度であり
女にとってみれば、現実問題として姓が変わるというのは
わずらわしいのは理解できる。・・っていうか、そんな簡単な
話でないことも理解しているつもりだが。

まあ、そういうことで、兄妹といえども色々と
信条を異にすることは多いが、妹とする議論は
なぜかいつも楽しい。 おそらく、僕にとって、
誰とする議論よりも一番面白いのが妹との議論だ。

議論しながら、我々は再び自転車に乗ってサイクリングを再開した。

もう目的地はなかったが、我々はなんとなく
落合川沿いの遊歩道を進んだ。
いつ来ても、この遊歩道は気持ちがいい。

今日も水面にカモ達が遊び、
岸では子供たちや散歩の犬が楽しそうにしている。

我々は竹林公園の近くの橋まで川沿いの遊歩道を楽しんだ。

竹林公園

この橋のあたりに、8月ごろ、みんなで来て虹をみたことを思い出した。

あのとき虹がもっと見える場所を求めて、畑の向こうに大きな
屋敷林と農家が見える場所にきた。今日は同じ場所で、
赤白の梅が咲き誇っていてうれしかった。

竹林公園の入り口まできたところで、
公園に自転車で入れるかどうか議論になった。
妹は「やめとこーよ」といったが、僕は、
気にせず自転車で入って行った。

竹の根っこがところどころで横切る土の道。
ちょっと上り坂になった、誰もいない竹林公園の中を
ときどき立ち姿勢になって力を加えながら自転車のペダルを
こいでいて、ふと気付いた。

小学生のころとほとんどおなじ気持ちになっている。

そういうえば、あの頃もこんな感じだったな。
「妹はどうせついてくるし・・」的な気持ちで、
前だけを見て力いっぱいペダルをこいで・・・
ベンチのところで振り返ると、やっぱり
妹は一生懸命ついてきていた。

昔と違うのは、妹に余裕があること。
なんだか携帯電話でこっちの写真を撮っている。
僕も負けずに写真を撮りかえした。

その後、公園を抜けて元の道に出て北に向かった。
このあたりは、5年以上前に車で通って以来だ。

見知らぬY字路で、妹が自動販売機をみつけた。
「おにーちゃん、ジュースかおうよー」

カロリーが気になる僕はあまり気が進まなかったので、
何も買わなかったが、それを察したのか妹は温かいお茶を一本かって
「ひとくちあげるよ」と言ってくれた。そして、キャップをあけると、
「はいっ」と一口目を僕にくれた。

・・・思えば、なんてかわいい妹なんだ・・・
・・・・ 今、これを書くまで気づかなかった・・・

僕は、なんとなく一口をもらって、「ありがとっ」といって、
角の所に張られた選挙ポスターに関心が移ってしまった。

Kさんというこのポスターの人は、確か僕と同じ中学高校の1年先輩で
こないだまで自民党の衆議院議員だったはずだ。
しかし、昨年夏の選挙で民主党に議席とられちゃった気がするなぁ

なんて思いながらよくよく見てみると、「これまで4年間ありがとう。
これからも、心機一転がんばるさ」的なことが書いてあって、記憶の
正しさを確認しつつ、ちょっとだけ「がんばってな」的な感情になった。

その後、少し道に迷いながら笠松坂の交差点に出た我々は、
ひばりが丘団地のほうに進んでいった。

ひばりが丘団地

団地の中は広々していて昔から気持ちいい。

ここ10年で建て替えが起こってだいぶ雰囲気が変わったが、
新しい空間はよくできていてサイクリングしていても楽しい。

しばらく走ると、まだ古い建物が残っているエリアに出た。
人が住んでいるのかどうか不明だったが、2階建のその
建物を見ながら、妹といろんなことを話した。

「安くアーティストでも住まわせたらいいんじゃない?」
「治安が悪くなる心配もあるし、そういう感じにはならないんじゃないの?」
「日本人の平均的な空間利用ってのが大きくなったんだろうね。
 今の人はこの広さじゃ足らないでしょ。」
「でも、専用庭なんかがついてて、これはこれで結構贅沢じゃない?」
「私、こういうところがぴったりかも。ひとりには十分な広さでしょ?安ければうれしいし」
「そうだね。ちょうどお似合いかも・・!」
「えー。 ひどい」
「でも、ホント、今の日本人って家は広くなったけど、庭はせまくなってない?
 ウチもそうだし、ある意味、住環境として貧しくなってる気がするよ。」

そうこうしていると、団地の出口の信号に出た。
この先は、フォレストレイクという6-7年ほど前に分譲された
そこそこ値のはる集合住宅群だ。

フォレストレイク

実は、自分はひばりが丘団地に入ったあたりから、ここを通るつもりでいた。

敷地の中に木々が多く、池やカフェなんかがある
環境共生型の集合住宅である。造成当時は植えられたばっかりで
不自然だった木々が育って立派になり風景として住宅群となじんできて、
経年劣化ならぬ経年優化しているさまを見てみたかったのだ。

当時購入も検討したが、職場から遠いこともあり見送ったのだが、
その後、僕が横浜にある現在住む住居を選ぶうえで大いに影響を受けた。

住人でなくても(遠慮しつつ)入れる構造となっているので、
遠慮しつつ入らせてもらった。妹は「あたし、ここ買おうかなぁ」なんて
いってたので、ま、見学ってことで許してもらおう。

見学という大義名分を得て、ずうずうしくもカフェにも入ってみた。
6-7年前に分譲前見学で来た時はまだ「オープン予定」、
だったので、カフェとしてここにくるのは初めてだ。

「入居者以外お断り」かどうか気になったが、ちゃんと
クロワッサンとコーヒーなぞをいただくことができた。(660円)

売っているパンの種類がウチの集合住宅のカフェで
売っているものと同じだったのが少々おもしろかった。
(あんこクロワッサンとか、ツイストチョコパンとか・・)

また、カフェのテーブルをDSを持った少年と、
ローラーシューズの少女たちに占拠されているのも
ウチのカフェとおんなじでこちらも興味深く思った。

ウチのカフェには、「カフェ利用以外の人はなるべく席を占拠しないでね」
的な紙が貼ってあったりして少々汚らしかったりすること。
ウチのカフェの椅子がここよりショボイかったり、
観葉植物がなかったりするので少々羨ましく思いつつ、
コンビニの品ぞろえとカフェのメニューの豊富さではウチのほうがよいな・・・
と思えたので、まあよしとした。 

クロワッサンとコーヒーをいただきながら、
妹と人生やら何やらについて色々話をした。

「生きていくのは大変だよね・・」
「最近、社会全体が競争・競争で、みんな仕事を
 わざわざ大変なものにしちゃってる気がする」
「不必要なまでに大変じゃなきゃ稼げないような世界に突き進んでるんじゃない?」

結構妹の観察眼はさすが兄弟だけあって、
自分でも納得いくことも多く、しかも視点は別なだけに、興味深いものがあった。

妹が数年前までいた広告会社では、
40代後半の年収1000万・2000万もらっていた人が
不況で高給がゆえに首きられたり、チームのほとんどが
いなくなっただの、精神が参って去って行った人の話だの、
(妹もそういう位置づけになってる)そんな話や、
大学院で研究畑に進路変更したものの、
やっぱり学者の道はそれはそれで(収入面やら亜流扱いされるやら)
大変だという話やら、まあ、何するにも大変だなあという話をした。

自分も例外ではない。
まあ、もうすぐ社会人になって10年になるわけだが、
今の企業にいるのが本当に自分の進むべき道だという
堅い確信があるわけではない。

窓の外でローラーシューズの無邪気な少女たちが
楽しそうに遊んでいる様が印象的だった。
お金やら仕事やら将来への不安やら何やらの悩みとは
今のところ無縁である彼女たちがうらやましくもあり、
将来そういうのに絡めとられてしまう(可能性が高い)であろう
ことがかわいそうでもあり。

仕事以外に一つの芯を持ってないと、
おそらくよっぽど幸運な人以外は
心をつぶされてしまうのが、現代日本社会の
給与所得者というものなのかもしれない。

我々は決して悲観的にはなったわけではない。
僕も妹も、どちらも今色々と苦しい。
だが、妹は研究という自己実現軸と、
仕事という経済軸の両立を目指す方向を目指している。

僕は、今のところ仕事軸しかなく、それでよく落ち込むことが多々あるのだが、
結婚して息子ができた今、今後は家庭軸も大事にしたいし、
別の自己実現軸も追及することで、仕事での失望やら云々だけで
心が折れてしまうリスクを軽減できるなという気づきを得ることができた。

「健康に(体も心も)、にこにこ暮らす」

これができれば、それでいいじゃないか。

そういうわけで、決して明るくは成りきれないが、
兄も妹も生きてゆくためのビジョンのようなものを確認できたので、
(少なくとも僕は)ちょっとだけ満足して家路についた。

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2010年2月 8日 (月)

楽しみな社会基盤系イベント

都市計画っていうか社会基盤系の話が好きな私なのですが、
ここ1-2年の趣味の一つに、開発計画をWebで見るってのがあります。

今楽しみにしてるのは、以下の開通・開業系イベントです。

(過去のイベント)
2009/12/5 中央線連続立体交差(三鷹~国分寺間)

(これから!)
2010/2/27 県央道海老名IC開通
2010/3/13 横須賀線武蔵小杉駅開業
2010/3/28 首都高C2大橋JCT
2010/4/1 稲城大橋無料化
2010/4月 戸塚駅西口再開発ビル(トツカーナ)完成
2010/5月? 東戸塚駅西口ロータリー
2010/6月 新湘南バイパス無料化社会実験開始
2010/6月 西湘バイパス無料化社会実験開始
2010/6月 箱根新道無料化社会実験開始
2010/春 横浜駅横須賀線ホーム拡幅
2010/年内 国道一号線原宿立体下り方面も完成


だいたい以下のような効用を期待しています。

・実家に帰るのが楽になる。
・通勤が楽になったり楽しくなったりする。
・休日のおでかけオプションが増える。

将来的には、こんなのも期待しています。

2011年? 国道16号線町田立体
2012年 渋谷駅:東急東横線・地下鉄副都心線乗り入れ
2012年 さがみ縦貫道路
2013年 首都高C2品川線
・横浜市権太坂和泉線(地元道路)
・横浜市桜木東戸塚線(地元道路)
・横浜市中田さちが丘線(地元道路)
・国道一号線保土ヶ谷橋交差点改良(地元道路)
・国道一号線不動坂交差点改良(地元道路)
・横浜私営地下鉄グリーンライン延伸
・多摩南北道路:調布保谷線
・外環道東京区間
・東京:放射5号杉並区間
・東京:放射7号延伸

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2010年2月 6日 (土)

金沢動物園

今日は横浜市金沢区にある金沢動物園にいってきた。

土曜午前のいつもの憂鬱

さいきん、仕事のストレスが非常に大きい。
そういう状態のとき、僕は
休日になると思いっきりリフレッシュしたいと考えるわけだが、
まずいのは、逆にそれが

「なにか非日常的なことをしてリフレッシュせねばならない」

的な強迫観念となってしまうことである。


今日も、そういうわけで朝から「どこかへ行かねば」という気分だったのだが、
まず行き先として思ったのは、伊豆の「伊豆の国市」あたり。
昨年の夏だったか、6月ごろだったかに行ったときに楽しかったのが
頭の中にあったからだ。

9時半ごろ起きて、散らかった部屋を片付け、その後、
洗車でもしようかと洗車場予約のためマンションの
共用施設予約画面を開いたところでとりあえず躓いた。

そのシステムは、Felica用HTML拡張を使って書かれていて
Felicaで認証やら課金やらする。すっかりわすれていたのだが、
ウチのメインのパソコンでは、半年前ぐらいからFelica用の
IEアドオンがちゃんと動いてくれてないのだ。

 #おそらくIE8にしたタイミングあたりから動かなくなった模様だが、
 #実のところはよくわからない。

結果、ついつい休日だというのに、「システムの課題解決」という
仕事っぽいことに2時間ほどを浪費してしまった。

気づけばもう正午をまわってしまい、これから伊豆にいくのもつらいなぁということで、
結局行き先を変更して金沢動物園に行くことになった。


まあ、ブログに書くとこんな風にさらっとしか書けないんだけど、
実際のところは、そんなにさらっとはしていない。

課題解決せず時間だけ浪費してしまったという事実と、
日ごろの仕事のストレスも相まって、めちゃブルーな気持ちになり、
妻に当たり散らしたり、そのあとで反省して謝ったり、
相当どたばたした。(ごめん・・>妻)

能見台は素敵な町

動物園に行く道中で、すこし回り道して能見台という町を通ってみた。

とてもきれいな集合住宅群やそこそこきれいな戸建住宅街区があり、
妻と「ちょっといいねぇ、でももうちょっと庭がほしいな」なんて話ができて
気持ちがよかった。

まあ、これが本日の一番の収穫かな。

「能見台は素敵な街。」

これを発見できたこと。


動物園についてからの話

妻的には、今回の企画は、
はるくんがそろそろ動物に興味をもってくれそうだ。
という予想があったようだ。

最近そこそこ30%ぐらい歌えるようになった
「ぞうさん」の歌と、実物のゾウをリンクすることが
主ミッションのようなことをいっていたのだが、
残念、このミッションは成功とは言い難い結果に終わった。

とりあえず、動物を認識はしてくれているのだが、
彼は動物に心を奪われて感動する風はまったくない。

「あー!」っと一瞬喜ぶのだが、5秒後には、
金属製の柵やら、100円入れると音声解説する機械などに、
彼のアテンションは一気に移ってしまう。

そして、動物そっちのけで階段を上り降りしたり、
柵につかまったり、(ケチな我々両親は100円を入れないので)
音のしない音声レシーバーを一生懸命耳にあてて
「もしもし」的な遊びに熱中していた。

動物好きな妻はがっかりした風で、「そんなもんであそんでないで次いくよ」
オーラ全開だったが、僕は、純粋にいつもと違う階段やら柵やらのある
空間を楽しんでいる彼の気持ちに共感できて、「おお、この階段たのしいなぁ」と
そんな彼との時間を楽しめた。

自宅に帰ってきて、母親と電話で話していたら、

「そういえば、暁生(私)も、むかし多摩動物園に連れて行った時、私が
 『あっくん、キリンよ、首長いねぇー、すごいねぇ』なんて話してるのに、
 見向きもせず柵で遊ぶのに夢中でがっかりしたわ」

なーんて話をされて、なんだかほくそえんでしまった。

ついでに、自分はもう覚えていないのだが、どうやらそのとき、
僕はどこかの柵状のオブジェクトに上からスライド式に首を入れて遊んでいて、
上から首を入れたことを忘れて「首がぬけなーい」と泣いたそうだ。

うーむ。あほだ。

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2010年1月 2日 (土)

2010 大阪冬の陣

年末年始。

ここ2-3年の例年通り、
妻の実家がある大阪は河内長野市にいってきた。

今回は新しい試みを行った。

12月19日にKちゃんとはるくんを空港に送り、
まずゆったり実家でくつろいでもらう。

そして、私は12月27日に自分の家族と一緒に
車で大阪方面に向かうという2段方式を初めて採用することとなった。

このようになったのは、
私の父の提案がきっかけだった。

寂しがりやの僕は、一人になるのは嫌であり、
かつ、一人で車で大阪までいくのは、途中居眠りして
死亡事故を起こす可能性が極めて高い。

一方で、妻Kちゃんは、日々のストレスがたまり、
なるべく長期間実家でゆっくりしたい。
(できれば世話のかかる旦那がいないほうが嬉しい)

両者の希望は相いれないものであり、
これまでKちゃんには我慢してもらってきたのだが、
今回、父から以下の提案があったので
このような運びとなったのだ。

 ・先にKちゃんは大阪に帰る
 ・私が大阪にいくときは、私の家族(父・母・妹)が同伴し、
  伊勢・志摩にある会社の保養所に一泊して楽しむ。
 ・私の家族は次の日に東京に帰る。

12月27日、伊勢神宮参拝やら赤福を食べるやらし、
28日吉野のあたりをとおって河内長野についてみんなで
妻方の家族に挨拶して、そこから父・母・妹は電車で奈良に向かった。

 #彼らは奈良でもう一泊して、奈良観光をしたのち
 #29日に東京に帰った。

大阪では、おもに以下のことをした。

 ・テレビを買った
 ・FF13をやった

年が明け、1月1日の夜。
明日は横浜に帰ろう。ということで
渋滞予測の紙を見ながら寝床につき、
Kちゃんと話をした。

「明日は殺人的な渋滞になりそうだなぁ」
「朝いくら早くでても、四日市と静岡のあたりで捕まるな・・」
「極端な話、今すぐ出るぐらいなら混まないけど、そうでもなきゃ
 渋滞は避けられないなぁ・・」

とそのとき、Kちゃんがいった。
「じゃぁそうする?」

その後、とんとん拍子に話がすすみ、
我々は深夜12時ちょうどに出発することになった。

荷物を積んでいると、通りかかった家族連れが
「スキーかな?」なんて話をしているのが聞こえた。。

ははは。 ちがいまーす。 
「夜逃げかな?」とかいわれなくてよかったけど。

西名阪・名阪国道・東名阪・伊勢湾岸・・

どこもすんなり通ることができた。
東名もスイスイ。

赤塚PAで一度目の休憩をとり、
次の休憩はなんと由比PAまで来てしまった。

結局朝の6時前には自宅につくことができた。
そして、家についてぐっすり眠って、昼ごろには起きることができた。
はる君は結局ずっと眠ったまま。
大阪の家で眠って目が覚めたら横浜の家にいたという形となった。
素晴らしい。極悪渋滞+1歳児という最悪の組み合わせを覚悟していただけに、
この差はものすごい。

そして1月2日の昼下がり、家の前の森の散歩道を散策しながら、
「すごかったねぇ。 すごい決断だった」
「あそこで出発してなかったら、いまごろ、大渋滞につかまってたよ。」

そんな話をした。

ひさしぶりの森の散歩だったし、
夫婦で下した大胆な決断がもたらした勝利って感じで
幸せな気持ちだった。

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2009年12月24日 (木)

住宅ローン借換

住宅ローンを借り換えた。

自分は、

・2006年3月入居
・3400万円、
・35年、当初2年固定、
・全期間1.0%金利優遇
・三菱東京UFJ(当時はUFJ)

というローンをこれまで3年半強、借りていたわけだが、
近年の金利優遇幅拡大で
実はなんだか悔しい感じがしていた。

ここ最近、銀行のホームページで
新規契約のお客様1.2%優遇とか
1.4%優遇といった広告が踊っているからだ。

無条件の金利優遇というものへの疑問

ちなみに、あんな堂々と誰にでも無条件で金利優遇するんだったら、
店頭金利ってなんなんだよって思う。

ものを売る時、定価を釣り上げてその分を割り引いて
「割引」とかいったりするのって、確か不当行為だったと思うんだけど、
http://www.jftc.go.jp/keihyo/nijukakaku.html
それと本質的には何が違うんだ?

銀行がもし、年々店頭金利釣り上げつつ
金利優遇幅を増やすっていうことをやったとしたら、
変動でお金借りてる人は死ねるよね。。

極端な話として、
10年後に店頭金利10% 優遇9%
20年後に店頭金利20% 優遇19%
なんて風にすれば、新たにローンを借りる人は
実質1%で借りれるので、銀行は誘客には困らないが、
我々変動金利で借りてる人からは相当むしり取れることとなる。

まあ、短期プライムレート連動っていってるので
そういう風にはならないんだとは思うけど、
やっぱり無条件金利優遇っていうものは、極論すれば
こういう詐欺っぽい世界を作れるように見えるわけで、
(少なくとも素人である僕には)どうよって思えてしまう。。


それはそれとして借り換え!

以上、青年の主張的な話でそれはそれでよいのだが、
やっぱ、みんなが1.2%, 1.4%優遇とかで借りてるのに
僕だけ1.0%優遇じゃたまらんので、やっぱり借り換えなのだ。

実はこれまでにも、2008年に2年の当初固定期間が切れたときだったか、
借り換えを考えたこともあった。
だが、そのときは優遇幅もぱっとみ1.2%ぐらいにしかならなそうだし、
手数料云々もあるし何より面倒だったので放置していた。

今回、たまたま会社の昼休みに、みずほ銀行の出張ローン相談会
的なものをみつけて話をきいたところ、1.4か1.5いけるという話
がきけたので行動を起こすこととなった。

結局、1.5%の優遇となったので、毎月の支払いで1万円と少し、
年間で15万円、31年仮に金利がかわらなければ450万円という
ことになるのかな?(繰り上げ返済をすると、この額は減るが)
ともかく支払いを減らすことができることとなった。

経費の面では84万円(うち保証料60万)ほどかかり、
UFJから48万円保証料が戻ってきたので、差し引きで
借り換えにかかった費用は35万円ほど。

司法書士

ちなみに、この部分の圧縮も結構がんばってみた。
司法書士へ払う額としてみずほ銀行の指定司法書士を使うと
18万ちょっとということで見積をもらったのだが、
ここは別に彼らの指定の司法書士でなくてもよいということだったので、
ケチれまいかと、Webでみつけた司法書士事務所3か所に
相見積もりを出してもらった。

結果、横浜東白楽の田丸事務所というところがトータル17万とちょっとで
引き受けてくれて1万円強を浮かすことができた。
17万のうち14万ぐらいは結局法務局に税金的に払うお金でディスカウント
しようがないので、1万円でも圧縮できて満足できました。

いよいよ借換

借り換えの実効日は12月24日となった。

そして、その日、クリスマスプレゼント的なイベントとして、
3116万円が僕の三菱UFJとみずほの銀行口座を駆け抜けることとなった。
(新たな貸し手であるみずほの口座に、みずほから3116万円入金となり、
 それがその瞬間、三菱UFJの口座に振り込まれる。
 そして、UFJ側では振り込まれたとたんに全額返済に充てられる。)

小市民である僕的には、おおーっという額なので、
通帳を見るのを楽しみにしていたが、実際は、記帳された数字をみると
普段見る額から桁1つ2つ増えているだけなので、意外とインパクト
が少なかったのが実は驚きだった。

確かに、普段コンビニで140円のコーヒーを買うかどうか迷っているような私なので、
3116万ってのは、ビビってしまってイメージできない世界であるため、
それで天文学的数字をイメージしてしまっていた。

しかし、むろん、それは間違いであって、
理系の世界のアボガドロ数だとか、光の速さがうんぬんだとかで
みる「本当の天文学的な数字」ってのの巨大さは、
それどころじゃないんだなぁということですな。

勉強になった!

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