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2004年5月の14件の記事

2004年5月27日 (木)

Clarion Hotel @ Park Ave. へ

ホテル移動

運ちゃんが迷う。
ParkAVEは 住所がSOUTHとNORTHでちがうらしい。

ついた。Clarion Hotelせまい。。

領事館にいく

またされる。つかれる。

Paramount 契約完了!

借りたお金がCITIバンクにはいっていた。よかった。

BankCheckをつくる
Paramountにもってゆく

契約完了入居日は6/2で、エレベータ予約もできた。

よっしゃ準備万端。

郵便局にいって、住所きまったよとどけAR11をだす

日本領事館を探してちょっとあるくみつからない。
まあいいや。どっちにしてもあしたじゃなきゃあいてないだろうし、
あしたさがそ。

2004年5月26日 (水)

Paramount Towerとの出会い

Paramount みせてもらう
気に入る。きめる。

家具やのChurchillにいく。
つき246ドルのセット。
ちょっとたかいけどおっけー

Paramount申込にいく


お金が必要。やばい。ない。

親にお金貸してと依頼する。
なんとかしてもらう。

ねる

2004年5月25日 (火)

REDACのTomokoさん

REDACという日系不動産屋さんにいきました。

ずっとホテル暮らしはお金的にやばいので、
とりあえずの棲家として
Vacation Rental (ウィークリーマンション)を借りようと
おもったからです。

しかーし。だめもとで No Feeの物件もあつかったり
してません?ときいてみたところ、ちゃーんと
紹介してもらえました。

なんでも聞いてみるもんです。
結果、一日でNo Feeの物件を5件もみせてもらえました。


UPPER EAST SIDE  89 & 1st の
POSTってところがかなり気に入りました。

ポイントは洗濯機が部屋についていること!
コインランドリーはかったるいので、
これはでかい!


みせたもらったあとで、もう一度
86 & Lex の駅からPOSTまであるいてみました。

Barns&NOBLEがあってしあわせだった。
10分ぐらいかかるけど、まあ健康のためには
このくらい良いかなっと思いました。

帰りにイタリアンをたべたら、めちゃうまかったす。

2004年5月24日 (月)

Woodbury Common アウトレット

NO FEEのBROKERへ。

一件みせてもらう。

ほっとしたので、再びドライブ

行き先がないと張り合いがないので、Woodbury Commonを目指して北上
まずはI87を北へ

Stewなんとかいうところで、ご飯をたべたら、結構うまかった。

TappanZeeをわたる

地図を買う


Woodburyついたら大雨。ひどいめに
いくつか服をかってかえる。

帰りにFORTLEEでくった
KFCのバーベキューチキンがけっこううまかった

YAOHANにいったら、MITSUWAになってた。

LincolnTUNNELで帰る。

2004年5月23日 (日)

レンタカーで懐かしい町へ

街を見て回るためAvisで車借りる
Southgate Towerチェックアウト

ひるめしはチャイナタウン・リトルイタリー
死ぬほど出てきて残してしまった。

グラウンドゼロ参りでもしようとおもったら、
失敗してブルックリントンネルに入ってしまう。

ブルックリンを車でうろついた。

ブルックリンブリッジをわたって戻る。

なつかしのNJに向けて出発
GWBをわたり、FORT LEEへ
443 WESTVIEW PLACE.. まだあった。

MONTCLAIRへいこうとおもったら、行きすぎて
WILLOWBROOKモールへ。

せっかくだからよってみた。

もどってMONTCLAIRへ。
39 COLLEGE AVE. も健在

国連ビルの横にある MILLENIUM UN PLAZA ホテルにチェックイン
ジンジャーエール4ドル
巣ニッカーズ2.75
ふざけんな。ぼったくりすぎ。
でもたべちゃう。

2004年5月22日 (土)

家探し開始

いよいよ家探し開始!

New York TimesのWebサイト
プリントアウトしまくって、
Upper West Sideを歩く

ボイスメールの使い方がわかってくる

ぜんぜんだめ。

足にまめができる。


飲みにさそってもらう。
Riki 力 ってところ。

2004年5月21日 (金)

Southgate Tower ホテルへ

    宿移動。 Southgate Tower
    場所は7Aveのペンステーションの近く。

    Bleeckerでスーツケース転がしながらタクシー拾ったら、
    運ちゃんとってもうれしそう。。
    
    「やった! 空港行きの客みっけ」
    「50ドル50ドル。チップもたくさんもらえるぜ!」
    そんな心の声が聞こえた気がする。

    いそいそとにこにこと僕の荷物をトランクに入れてくれる。。


    さて、車にのって、第1声
    「ごめんよ。。 まあ許せや。」
    心のなかで日本語でつぶやいたあとで、
    
      Well, I'd like to go to this Hotel. (WEBのプリントアウトみせて)
      It's on the 7th Avenue..


    彼の表情が一気に悲しみに変わった。。
    
    宿につくと、こちらは打って変わって結構立派なホテル。
    値段はBleeckerのやつよりぜんぜん安い

    でも、おおきな問題がひとつ。。

     えー。。お客様のごよやくは。。ありませんねー。。
      調べてみます。。

     キター!


     ま、予約確認メールのプリントアウトがあったので
     結局なんとかなったけど、かなりあせったよ。

     チェックインを終えて外にでると、そこに携帯電話屋さんが。。

     T-mobileというところの携帯をつくった。

     デポジット600ドル
     本体価格150ドル
     しめて750ドル。

     高い買い物です。

2004年5月20日 (木)

5/18 5/19

日記は毎日つけるもの。

なのに1週間ほどさぼってしまった。
まとめて色々かいてみようと思う。


5/18 SFO⇒JFK DELETAコードシェアのNWの便

空港からはYELLOW CABで最初のホテルへ。
JFKからマンハッタンは一律料金$45
チップを入れると$50と、まあ荷物も多いので、それプラスちょっと。

ついたお宿はGreenwich Villegeの Signature Propertiesというところ。
Bleecker Streetのワシントンスクエアの真南のあたり。

ノリがぜんぜんホテルじゃなくてむしろ学生寮。
そのくせ値段は結構する。

ま、ビレッジの雰囲気を楽しんでくださいってことだろうけど、
ビジネスでとまる宿じゃないね。ありゃ。


5・19 初出社
     ビルについて、入口の警備員?に電話してもらっても誰もでない。。
     警備員はぶつくさ文句いってる。。かなり困った。。でも
     そうこうしているうちに、会社のRさんが通りかかってくれて、
     なんとか入れた。

     まずはSSN。 SSNオフィスは会社から2ブロック程度の場所にあってよかった。
     

2004年5月18日 (火)

San Francisco

サンフランシスコのRenaissance Stanford Court Hotelより 朝6時

昨日あさ、SFOについた。

AVISでレンタカーを借りて、
まずはホテルにC/I
そのご会社のアメリカ代表窓口みたいなところにいった。


もどってきて、まわりみちして、UCBのちかくをうろついて、
ゴールデンゲートブリッジをわたって、かえってきた。

夜ケーブルカーでフィッシャーマンズウォーフいったものの、夜中の11時
店はデニーズを除きことごとくしまってしまっていた

しゃーないのでまたケーブルカーでホテルまでもどり、歩いて
中華街にいって、こちらも99%店はしまっていたが、
1%あいていた怪しい中華食堂にはいって
酢豚とチャーハンをいただいた。

酢豚が不自然な赤い色をしていて少々気持ち悪かったが
味はかなりおいしくて結構はっぴーだった。

ホテルではドアマンやポーターにどうやってチップを渡すべきか
真剣に思い悩んだ。なぜならそんなホテルにとまるのって
初めてだから。

ま、よい経験じゃ


おっと今6時22分だが、8時20分ごろの飛行機めざして急いで空港に
いかねばならん。。

もっといろいろかきたかったんだけど、ていうかそのために10ドルはらって
ネットつかってるわけだけど、会社関連の連絡もあったので、
とにかく時間がない。。

ま、サンフランシスコはこんなところで、
あとで写真をあっぷしよ。

そうそう、ケーブルカーには感動した。あんな素敵な
乗り物はないね。。 超アナログ、超レトロ、超人情の
感動の嵐だった。

その話はNYからかこう

2004年5月17日 (月)

成田より

今成田。

10分100円インターネット端末で、
現地と日本にメールをうったので、ついでにここにアクセスしてみた

成田EXPRESSの領収書ももらったし、
チェックインもおわったし、
マイレージもつけたし、
メールも書いたし、
トランスも買ったし、


目の前のBRITISH AIRWAYSの広告、
「熟睡。」 ビジネスクラス唯一の水平フラットベッド
だってさ。すべきことおわったので、ぼくもねちゃお。。。


!というわけにはいかないね。

ロイヤルホストみたいなとこいって、カレーでもくおう。

アメリカで一番たべたくても食べれないものって、
「日本カレー」なきがするので。。

#LAではHURRY CURRYって店があって、
#めっちゃおいしくて不自由しなかったけど、
#NYとか東海岸だと、ちょっと不安

さてさて、あと4分も時間があまってるぞ。

何か面白いことでも書きたいなぁ。。


そだ。このマシンさ、おもしろくてさ、
ALT+SHIFTを押すごとにFEPが 日本語、韓国語、中国語って
切り替わるんだよね 。

ためしに韓国語いってみよか
-------------------------

ㅏㅑㅡ노ㅑㅅ다맵

-------------------------
おおー、 何をうつと何がでるのさっぱりわからないけど、
なんか出てきた^^


おっと、もう時間がない。

そんじゃ

なちゅかしーぃ^^

昨日、実家のパソコン上に私の昔作ってたページの残骸データを発見し、
うれしくなってサーバにアップしてしましました。

AKKIの部屋

5~7年ぐらい前かな??その頃の、熱かった頃の自分の
魂の叫びが書きなぐられてて、読んでいてかなり楽しかった。

ロッカー魂というか、今も完全になくなってはいないんだけど、
少々風化してしまった自分の原点が感じられて、元気が出ましたね。

自分の青春ログって感じ??
いつでもあれを読めば若返ることができそうってことで、
大きな財産だね。うんうん。

っていうか、まあ、それ以上のものだよな。。
昔悩みぬいて形成された人格。
それって結構貴重なもんなんだよね。

忘れちゃいけない、
もがきの中で出した結論をわすれないための、
「俺の人格」「人生観」の備忘録として、

大事にせねばとおもったよ。

まずいよ。もう4じ43分。 成田エクスプレスの時間しらべなきゃね。


コンセプト

BLOGってコンセプトが大事だよね。。きっと

うーん。なんか、自信なさげだね。。おいら。。

見てもらうには楽しいコンセプトを掲げてやってゆかなければならないだろうな。。
続けてゆくには、力の抜けたやりかたでやってゆかなければならないだろうな。。

むかしこんなページつくってたんだけど、
その頃はまあ、無鉄砲でとりあえず主張をバンバンかいていったわけだけど、
今はなんというか、主張するのが怖いというか、まあ、
そんな自分がここにいて、ちょっとびっくりだねぇ。。 ひょっとして年取ったかな??

ーーーーー。。 元気ねーな。。

あ、思い出した、俺ってもともと元気ない人間なんだった。

でも、元気出す方法をしっているのさ!

それはね。。

バカになること

よっしゃ、いっぱつバカになってみるか。

おいらバカ
天才バカボンもびっくり
すーぱーばか

ばーかばーか、 あほあほー

あほあほぷー

、、、これは、相手をバカにする表現であって、自らをバカだと定義する文章ではないね。

バカとは、馬・鹿 だよね。 そうそう、鹿を見て、あれは馬でございますと
いったひとびとをバカといったらしいね。

漫画で史記ってよんだんだけど、あれによれば、どちらかというと
利口な人間がバカだよね。

というのは、当時、めっちゃえらくて、逆らうと殺されちゃうようなスーパー独裁者がいて、
そいつが鹿を指差して、「この馬をみてどう思う?」みたいな質問をみなに一人づつしていって、
「何をおっしゃいます。あれはどう見ても鹿でございます」と、正直に言った人間はみな粛清、
そいつへの絶対的服従を示すため、「小柄ながら立派な馬でございます」などといった
人間だけが生き残ることができた。。みたいな話だった。。

ま、社会で生きてくってのは、時には利口にならなきゃいけないもんだよね。。
死んだらそれでおしまいだもの。

でも、一時的に自分を曲げることがあっても、本当に自分を曲げてしまったら、
覇気のない、だめ人間になる日はそう遠くはないきもする。

学生だったころ、「なーんで、みんなこうしないんだろ。バカなんじゃない?」って
よく思ったものだけど、まあ、言葉の興りのころのバカという意味において、
社会で働くオトナって、結構バカになってしまうものなのだろうね。


まあ、自分もここ4年ほど、社会で働くオトナをやってきていて、バカになってきている
という実感がある。ま、それが、冒頭からこのつぶやきを覆っている空気なわけだけど、、

えーと、なんだっけ、それを覆すためには、
バカになればよいって、いうことで、


。。。完全に混乱してるな。。

そう、大事なのは本質であって、
本質につけられたラベルである言葉ではない。

おれが、バカになるってのは、つまり、こういうこと、

1.つまらないだじゃれを連発しても平気
2.論理不在でしゃべりつづける
3.かっこわるい自分に酔いしれる

。。いや、
4.自分はかっこいいと勘違いして酔いしれて、周囲のいうことなんかに
  耳をかたむけない。。

 。。うーん。素敵、そんな素敵なバカにならなくては、ならないのだよ。。


よーし、バカ炸裂でいくぜ

っていっても、結構、難しいんだぜ、 バカさくれつ

独り言で「ぷっぷくぷー」とか、「バスガス爆発、ばすがすばすはす」とか、
叫べないと、真のバカとはいえないわけで、
今、日本時間深夜で、
さらに、明日は緊張の海外赴任日ということで、
まあ、あらゆる意味において、それをするのは難しい状況にあるわけで、

だからこそ、真のバカ炸裂君は尊敬されるべきヒーローなわけだよ。

それとね、KISSとかPOISONとか、そいういうの好きだった
自称ロッカーくずれであるおいらは、信念として、
ロックの真髄ここにあり、っておいらは思っているのだ。

バカ炸裂、
それは、社会のみんなに元気や自由
(あんなバカがおるんだから、俺だってちょっとあほやってもいいじゃん!みたいな
精神的余裕)を提供する、すごい人。

自分の人生をリスクにさらしつつ、
社会からの尊敬みたいなものを犠牲にして、
それで、
一般社会構成員のプライド維持・自己維持のための
スケープゴートとして
ひとりイエスキリストのように、一身にすべての負のエネルギーを受け止める

うーん。だからこそ、ロッカーはヒーローになれるし、
お笑い芸人もヒーローになれるわかだね。

。。だから、もう、ねなきゃね。。

えっと、ホテルとか、スケジュールとか、持ち物とか確認しとこ

つくってみた

今日は、アメリカ勤務前日。明日成田から出発する。

昔、自作HPで日記などつけていたころがあったが、当時の私は
頭の中が結構整理されていて主張が明確な人間だった。

最近社会にもまれて、角がとれてつまらない人間になってきた気がする。。
アメリカはそんな人間の居場所はあまりない社会とよく言われているし、
実際そんなところがある場所だと僕も思う。

だからまあ、こんなものを立ち上げてみるのである。。。

BLOGってなんだろ??って、まだそんな状態なので、
とりあえず、肩の力を抜いて、つぶやき・日記系ということで、
やってみよ。

そだね。。 そだそだ。。

文体もフランクにいこう。
だってつぶやきなんだし。。

ま、いいや、とりあえず、 記事を登録してみよう。
ぼたんくりっく!

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Haruya's Violin

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