« 新HP | トップページ | カッチョイイ名前にビビルナ! »

2005年1月14日 (金)

ブランディング=愛!?

以下、友人のblogの記事に触発されて
そこにコメントとして書いたものなんですが。。

いやー。。すごーく、言語化したかったことが言語化できて嬉しいので、
こっちににも、のっけとことおもうわけです。
 (トラックバックってこういうときに使うのかなぁ。。
  まあ、よくわかんないから、コピペしてちょっと編集してのっけよ^^)
---------------------

自分は、ブランディングこそスベテ! というのに近い考え方の人間です。
というのは、「ブランディング=愛」だと思うからなのです。
「愛がスベテ」だから「ブランディングこそスベテ!」。

 #なーに言ってんでしょうねぇ。コノヒトは。。


まず、ブランディング=愛というシカケを解説する前に、その準備として
愛社精神というものについて、書いてみます。

私は愛社精神の全くない人は不健全だと考えます。
ゆきすぎた集団主義はどうかとおもいますが、その反動ともいうべき、
「会社を愛してるって、なんかふるくさーい」という考え方には、
私は反対です。なぜなら、そういう人は家族を愛する気持ちや
人類を愛する気持ちも不安定なのではないかと考えるからです。

人間は、同心円状のさまざまな大きさのコミュニティー
(恋人との2人の世界・家族・地域・会社・サークル・国家・等)
に属しており、それらに貢献するという行為に「愛」という
ラベルを貼って人生的宗教的意味を感じたりするものだと思います。

 ・家族愛 (家族のために、がんばって働く)
      (キミのためなら死ねるさ!といってホントに命張る)
 ・郷土愛 (甲子園で出身県を応援する)
 ・愛社精神(会社のために、ちょっと給料以上に働いてみる)
 ・愛国心 (ワールドカップやオリンピックで日本を応援する)
      (徴兵に応じて戦争に行く)
 ・人類愛 (ゴキブリは殺していいけど、人殺しは最悪!)
      (津波被害があったら、義援金払いたくなる)

愛社精神が強すぎて、残業しすぎて家族愛ををおろそかにしたり、
愛国心が強すぎて、テロを行って人類愛をおろそかにしたり、
そういうアンバランスはいけませんが、こういった、
「自分が属するグループに貢献したい」という感情、
いわば「コミュニティ愛」のバランスを取りながら、生きてゆく
のは、ステキな人生だと考えます。

人生の意義としての愛に興味ないですか?
自分の属するコミュニティに貢献したくないですか?
自分のことしか興味ないですか?

そうですか。。(すんません、かってにyesを想定します。^^¥
でも、そういう自己中の人にとっても、
やっぱり団体への貢献に無関心であるのは、おかしいことです。

なぜなら、コミュニティってのは、けっこう運命共同体だからです。
会社がつぶれたり、雰囲気わるかったり、世間から馬鹿にされたり、
自分の家庭が崩壊したり、黄色人種が差別されたり、。。
人類が絶滅したり、そういうのって、イヤじゃないですか。

ぜんぶ、自分に降りかかってくるわけですよ。
なぜなら、好もうと好まざると、個人は他者から
属する団体のレッテルを貼られるわけです。

 ○○社の社員か。。
 ○○さんちの娘かぁ。。
 ニホンジンかぁ。。
 ○○県の人ね。。

まあ、そういうわけで、たとえスーパー自己中な人間だって、

「自分が属するグループに栄えて欲しい」
「自分が属するグループにかっこよくあって欲しい」

という感情を持つことはごく自然な感情であるように思えるわけです。

私は、かなり自己中な人間ですが、上記の理由で
愛国、愛社、愛東京、愛家族、そこそこしてます。

以上、愛社精神について述べてみました。


さて、では、本論に移りましょう。
なぜブランディング=愛なのか。

それは、ブランディング=最大の愛情表現だと考えるからです。

ブランディングってなんでしょう。愛社精神を
コミュニティ愛に拡張したように、ブランディングを先ほどの
「同心円コミュニティモデル」(恋人・家族・地域・国家等)
に拡張させるとどうなるでしょうか。

一般的にいうブランディングの意味を拡張すると、
「コミュニティのアイデンティティを、より良いイメージで際立たせる行為」
という風になるかもしれません。

企業が広告を打ったり、メセナやってみたり、スポーツ団体のスポンサー
やったり。する部分ですね。

置き換えてみると、オウチにきれいなクリスマスツリーを飾ったり、
奈良に都を作ったり、
オリンピックを招致してみたり、
地域物産展を開いてみたり。。

これのどこが愛なの?
確かにちょっと遠いですねぇ^^

しかし、これらの活動にコミュニティ構成員として参加することに、
やりがいを見出すための条件とコミュニティを愛していることは
必要十分の関係にあると思われます。

自分も、ニューヨークにいて、ニホンジンの名を辱めないよう、
立派に立ち居振舞いたいなんて考えているのは、
日本を愛しているからでしょう。

苗字を明かして変なことwebにかけないななんて思うのも、
家族を愛してるからでしょう。

ブランディング=愛と言う関係は、これだけにとどまりません。

というのは、広報・広告といった世界はブランディングの一部
でしかないからです。広報・広告等は、いわば、
ブランドの日々の運用であって、開発やリニューアルではないわけです。
  (システム屋やってるので、こういう表現になっちゃう;;)

起業時の社名決め、ci/vi見直しなど、ブランドの開発・リニューアルというところこそ
ブランディング専門家がメシを食うところです。

それは一般化すれば、「コミュニティのコアをつくる行為」「再定義する行為」です。
なぜ、そんなことをするのか。それは、コアのないコミュニティはすぐ瓦解するし、
コアの弱いコミュニティは弱いからです。

一緒に住む家のない、夫婦別姓の夫婦は離婚しやすいでしょう。
小学校の仲良し友達軍団はいつか些細な理由で分裂するでしょう。
飲み屋で知り合った友達とは、なにか特別なことがない限り
長い付き合いにはならないでしょう。

人はコミュニティの永続化のために、名前をつけ、
コミュニティに集団としての命を吹き込みます。

苗字をつけたり、家紋をつくったり、国旗を制定したり、
義務教育をやってみたり、サークルでTシャツをつくってみたり、
ローマ帝国がキリスト教を国教にしたり、
恋人同士で同じ指輪つけてみたり、海外旅行で思い出を共有したり、

「コミュニティ」=「構成員同士のすばらしい関係」を、
一時的な構成員同士のぶつかり合いで壊れないような、
永く強いものにするために。。

そのために
もっとも効果のある方法は、
構成員が納得しコミュニティを愛せるようになるような
魅力的な旗印をもつことのように思われます。

コミュニティの核を定義・再定義して、浸透させる行為こそ、
コミュニティに対する最大の貢献であり、最大の愛情表現なのでは
ないでしょうか。


構成員が納得し、愛せるような旗印づくり。
これが、最大の愛だと述べるのは、それが集団に最大の効用をもたらすから
だけではありません。構成員に愛される旗印を定義するためには、
構成員のことを深く理解し、真の幸せを考え抜くことが必要だからです。
並大抵のことではできないでしょう。

旗印をいかに定義し、演出し、自分たちを盛り上げてゆくか。。
そういうことに心血を注ぐことを私は最高の愛であると思うわけです。

週末の旅行を計画する父親の愛、クリスマスの過ごし方をあれこれ考える恋人の愛、
企業のビジョンを考え抜く経営者の愛、人類の進むべき道を真剣に考え抜いた(であろう)
過去の偉大な宗教家の愛。

#ジョンイルサマという旗印を無理やり押し付けるようないわば
#「北朝鮮スタイルブランディング」はその点よろしくないと思います。
#何もしないで民族分裂させるよりはマシなのかもしれませんが。。

このようにブランディングという概念を拡張して考えてみると、
企業のブランディング=最大の愛社であるという風に思えるわけです。

ブランディングとは、コミュニティの核を定義すること、
会社の核を定義すること。これは、リーダーの力量が最大限試される
部分だと考えます。

そのためには、リーダー(経営者)には、愛がなくてはなりません。
上手に表現できないのもダメですが、表現すべき愛がないのは、
スタートラインにすら立っていないと私は考えます。

社員・取引先・株主等、ステークホルダー
(コミュニティー構成者)に感謝し、
愛する心を持つ。そして、その愛の表現方法の最適化は
ブランディングというキーワードのもとで行う。
利益だって売上だって新製品開発だって、メセナだって、
知財権裁判だって、環境活動だって、全てはブランディング。
すべては会社というコミュニティへの愛があって、そのコミュニティ
への愛情表現として、より強い核の形成にすべてをフォーカスする。

ブランディング=コミュニティ構成者(ステークホルダー)
への愛情表現に駆られて行う経営にこそ、
本質的な価値と強さがあると私は考えます。

愛は必ず勝つ! なんちて^^

と、最後にボケをいれて、オチとさせていただきたいと思います。

« 新HP | トップページ | カッチョイイ名前にビビルナ! »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

そうそう、こういうときにTバックしてね。

ところで、
http://www.kunaicho.go.jp/chotatu/chotatu15-09.html
を見て欲しいです。
現在、進行中なのか?
落札業者はどこなんだろう・・・。

ニイシモくん、愛が大切と語ってくれましたね。
それではここで突っ込みを。。。

NY生活を通じて最も重要な愛って誰から得ていると感じましたか?

こちらは一人でニタニタしております。

お、け・・・り・・・ちゃん?

Tですよ♪

>一緒に住む家のない、夫婦別姓の夫婦は離婚しやすいでしょう。

この場合、離婚しやすいのは「一緒に住む家がない」からだと
思うんですが、全体を読み通すと夫婦別姓だと離婚しやすい
とも思われているようです。
夫婦別姓だと離婚しやすいっていうのは
意味がわかりません。何か根拠はあるのでしょうか??


夫婦というコミュニティにおいて、

 ・共有する家
 ・共有する姓

どちらもコミュニティの求心力となりうるコアと考えます。
また求心力が弱ければコミュニティは希薄になり、崩壊
(離婚)もすることがあると考えます。

無論、夫婦というコミュニティの中で共有可能なコアと
なるべきものは他にも沢山あり、

 ・二人の子供
 ・一緒に過ごした楽しい想い出
 ・儀式的イベント(結婚記念日に毎年食事に行く等)
 ・共通の趣味(メタリカが好きだー!とかw)

なんかも強力なコアになります。

ですので、夫婦別姓でも他に強力なコアがあれば、
全然離婚なんてないでしょうけど、例えば他に何もコアのない
夫婦が2組いたとして、片方が別姓、片方が同姓なら、
どっちのほうが離婚しやすいかなぁと考えたら、共有できる
姓がない分不利だろうなと考えるということです。

特に姓というのは夫婦なり家族というコミュニティの
「ラベル」としての役割を担うこともあり、
ブランディングという観点からすると、構成員の
帰属意識や一体感を高めるための大きな力になると思います。

 #ラベリングの持つ威力は個人的には凄く意識しています

まあ、姓でなくても強力なラベルをつけて運用できれば
同様の効果は出せるわけで、例えば夫婦や家族に
強力なユニット名/チーム名のようなものを付けて
それがなじんで定着すれば、同姓でなくても十分強力な
「共有ラベル」となるとは思います。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/34023/2569754

この記事へのトラックバック一覧です: ブランディング=愛!?:

» 商売の妙味 [呂不韋のつぶやき]
不景気に喘ぐ商売人の皆さん、大変お疲れ様です。 という冒頭を読んで、 「自分は関係ないな」と思った会社員の皆さん。 今回はそんな会社員の皆さんにつ... [続きを読む]

» ブログで拾った夫婦別姓の声(7) [夫婦別姓を待つ身の溜息]
夫婦別姓の賛否に限らず、ブログで「夫婦別姓」が登場したものを集めてみました。夫婦 [続きを読む]

« 新HP | トップページ | カッチョイイ名前にビビルナ! »

Haruya's Violin

2018年4月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

最近のトラックバック

無料ブログはココログ