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2005年2月 1日 (火)

国語教育と私

友人のブログで、言語能力が大事だーっと言う主張が
あったので、コメントを入れ始めたら、例によって
長くなっちゃいそうだったので、トラックバック
という形をとってみる。

いや、ホント、言語能力ってのは大事だ
理系出身な自分は、正直言語能力自信ないけどね。
さらにいうと、この辺り文型人間にコンプレックスを
持っている部分であることも否定しませんだよ。

でもね、理系でも、というか理系だからこそ、
言語能力は大事だと思うのだ。

そして、しかし、残念なことに、自分は
それに気づくのが遅かった。
20台になってからだった。

正直いまになって悔やまれる部分だ。
だから、国語教育という題で書いてみたい。


さて、まず私が如何におっきな
国語コンプレックスを持っているかそこを話そう。


分かりやすいのは、、
10年以上前受けた大学受験!

自分人生、あんまし誇れることないけどさ、
一応現役で東大受かったのは、
ささやかな華の部分だ。
だからそこを書こう。


現在はどうだかしらんけど、当時の東大は
センター試験&二次試験という2段構成。

まずはセンターがやってくるわけだ。

んで、センター試験、
英語や数学は9割取れたが、
国語・社会は7割。

まあ、ん-。よく考えると
そんなボロボロでもないか。。

いや、ダメなのさ。。
全科目9割取れなきゃ、
7割じゃ、かなり痛いのだよ。。
ライバルに勝てない。。


まあいいや。
んで、やばいのは、こっちだ。
本番試験。

自分の受けたのは、理科1類というところ。
そこは440点満点うち220点の合格ラインをいうことで、
そこでまぁ計画を立てるわけだ。

    予定    実績(自己採点)
数学: 60     50
英語: 70     90         
国語: 30     20!
理科: 60     80


だぁぁー  キター^^
なんだ、この20点て。。

この得点源は全部、「古文・漢文」
「アフォでもわかる古文」みたいな本で覚えた
「なりけり」とかなんとか助詞だとか、
何とか詞っていうなまえの”記号”を、
確率論的なところをさまよいながら、
埋めただけだよ。。

適当にうんうんうなりながら、

ようするに、まあ、パチンコと同じだ。

これを入れると、確率が上がって。。
 んー。。こういう組み合わせのほうが、
  トータルで稼げる期待値高いか??

みたいな。。

それだけ!
現代文の作文とやらは、まーじで、
なに書いたらいいかわかんねぇ
最初からステ。。

ゴミみたいな文章書いたか、
かかずに空白にしてたかは、
覚えていない。。


次、
大学院の試験!
ここでも国語力のなさが、際立った。

まあ、大学の延長で大学院受けたわけだけどさ、

まあ、ほとんど全員受かるような試験ではあるんだけど、
自分は”ずば抜けて”勉強してなかったんで、
その、「ほとんど」っていうのが
何にも気休めにはならない。。

つまり、真剣勝負だったわけですよ。

ここで科目選択ってのがあるんだよな。。一応

結構文系よりな学問でもある「土木工学」の場合、
「数学」か「小論文」という選択枝が与えられちゃう。。


「数学」は、正直、複素積分やらなにやらただでさえ難しい。
それ加えて、わかんねぇときは、さっぱりわかんねぇ
のが数学ってやつで。つまり、あたりハズレがある。

すると、皆あたりまえのように「小論文」を選ぶわけだ。。
そう、

「そこそこ普通のこと書けば点数もらえるんだしー、
 数学取るやつっているのか?」

みたいな感じだった。
つまり、みな

 1.数学じゃなくて小論文をえらぶ 
   ↓↓↓↓↓
 2.他の流体力学とか勉強に時間を当てる

というコースを選ぶわけさ。。


。。。できなかった。
一生懸命、複素積分やら変分法やら
数学勉強したさ。


しかしなぜ、国語がそこまで出来なかったのか!?


ニッポンの国語教育が悪いからだ!

いやぁ。ごめんなさい。
なんつぅ、唯我自尊っていうんだっけ?4字熟語
アハハ、
まあえじゃん、これはマイつぶやきサイトだ。

正直そうしたいので、そうさせてもらう。

というか、ココロからそう思ってる。
本当に正直に書けば、僕が国語ができなかったのは、
単にちょっと能力がなかった部分あるかなぁとは思うけど、
国語教育の質をもうちょっと変えるべきだとは
強く感じている。これは後でのべるが、
英米人にとっての「英語」教育と比較しての話である。


さて、つぶやくか。

まず、何で国語ってさ、
古文とかやるわけかなぁ。。
漢文とか。。

(つぶやき)漢文なんか、国語じゃないじゃん。。


(冷静な自分)いや、歴史的にみれば、
       国語ではあるぞ。。
       みんな漢文で文章書いてたんだ。。


(ややむっとして)だけど、今つかわないじゃん!

。。 あ!

 あーあ、やっちゃった。。
  はいードボン

 しりとりで

   パ・ パ・・
   あ!あった、 ぱーきーすーたーんっ!

 っていっちゃったみたいなもんだね。


ん?なんのことかって? すみません。
つぶやいてみたら、自分の信条では
誤りと定義しているロジックに自分がはまったということです。

。。反省
 


ん?キミ、ワカラナイ? 

使わないものは勉強しないでいいじゃないかって?

バカモーーん!

つかわないからこそ学校で習うんだよ!

現在の中学生の多くが「ユークリッド幾何」を
「社会で使わないじゃん!」といって勉強しないという話を
聞いたが、まことにケシカラン。嘆かわしい。

コラ、そこの中学生!ユークリッド幾何勉強してるか?


ん?

大人になってからツカワナそうだから勉強してない? 

バカモーん!!!!

論理構築能力を鍛えてんだよ。。あれで。
公理だの定理だの定義だの似たような名前が出てきて
最初はビビルけど、ビビっちゃだめだ!
あれで万物のレイヤー構造、何が原因で何が結果なのか、
その辺を見抜く力やらナニやらを鍛えてるんじゃないか!
わかったか、この...


バカモーん!


はぁ はぁ

ニガテだった国語の話題ではぽろっとつぶやいてたくせに、
話が自分が得意だった科目になると、
なんちゅう変わりようだ。。

馬鹿丸出しだ。。;;


はい。。国語。。古文・漢文もきっと大事なのでそう。。
  僕が気づかなかっただけで。。。。

いや、これは、よくかんがえると、
私のいいたかった話じゃないや

もうちょっと考えて話すと、
もっと表現力をつける教育を受けたかった。。

かな。。


ときは、私が小学生4年生だったころ。
自分、今でもはっきりおぼえてるけどね、
作文問題に苦労してました

わたしは四谷大塚進学教室なる塾に
毎週日曜、試験うけに行ってたわけよ。。

 #すげぇなぁ。 俺、  
 #ハッピーサンデーに
 #毎週そんな塾いってたのか。 
 #アリエネー;;

はい。するとね。
国語の試験てのも毎週受けるわけだ。。
たとえばこんなの。。

  。。(略)穴あきやら傍線のついた
      文章が、だぁぁっとある(略)。。。

問1.傍線ア部の示す「その」とは何か。
   次の1~4のうち、もっとも適したものを選べ。。

    1.お父さん 2.花瓶 3.机 4.カップめん

  カップめんはなかなか出てこないわなぁ。まあ、
  そこはいいや。わかるでそ?こういう問題?

     どう? あるあるー?って思ってもらえた? 
   

   そうそう、そういう問題。

   自分、ああいうのは、まあ、そこそこ解けたのよ。

   答えがひとつじゃん。

   ああいうのは、よかった。

 もんだいは。。解答用紙の四角いわくが
 なんか、細かくなくて大雑把に切られたタイプのやつ。。

そうそう、

試験始まってさ、
解答用紙に名前書くじゃん、そこで
国語の答案用紙がさ、
細かい長方形だらけだと、ラッキー!

でもさ、おっきなしかくが並んでると、
「あ~今回はだめだぁ」と、、
一瞬で悟っちゃえたのね。。

ああ、懐かしい。。
何年前だろ。あの感覚。。


まあ、要するに文章がかけないのさ。

たとえば、こういうの。

問2「主人公がこのような行動をとったのはなぜだとおもいますか?」


 はい、なぜそういう行動とったか、考えて作文するわけです。
 2行ぐらいでいいんだけどね。

。。
出来なかった。
今でもはっきり覚えてるんだけど、
出来なかった。

どう迷ってたか、明確に覚えてるよ。
悔しかったから。

問2「主人公がこのような行動をとったのはなぜだとおもいますか?」


まず、こう思った。

 「えー。そんなのわかんないよぅ」
 「トイレでも行きたかったんじゃないの?実は?」
 「そんなのどう書いたって正解かもしれないじゃん」

はい。のっけから抗議の気持でいっぱいです。

 「何とでもかけるじゃん」
 「こういうの困るよなぁ」

はいはい。。かわいいねぇ。小学校4年生。

そんなことぶつくさ考えてるうちに時は過ぎてゆく。。
みんなカリカリ鉛筆で解答かいてる。。

あぁ。やだやだ。 あの感覚、何でみんな
コリコリ書けんだよぅ。。


あのころ、だれか、理科系のオトナが
以下のことを言ってくれれば良かった。。
  (両親文系だったので、)

「君の言うことは正しい。
 いまやってる国語の試験ってのはね、
 確かになんとでもかけそうにみえるよ。
 
 でもね、いまここで期待されてるのはね、
 模範的な解答ってやつをかくこと。
 ホラ、参考書にあるようなやつだよ。」

それだけでいいのさぁ。。 
それを教えてほしかったのさぁ。


しかし、だれも、上記のように僕を諭してくれなかったので、
どんな問題をやるにも、まずはいろんな可能性を
考えることからはじめた。

 →時間がかかる →全部とけない

いつもこんな感じ。 

 気付けや、自分!(いまさらながら突っ込んでみる)

まあ、とにかく、しばらくは
色んな可能性に空想は飛んでゆく。。と、

しかし、そこは子供でも、実際の解答に
「実はトイレに行きたかったのです。。」
云々書いても誰もほめてくれないし、下手すりゃ
怒られることも経験的に理解している。

だから、しばらく空想にふけった後、
「模範解答っぽい答え」
を書こうとしだす。。

そうすると、次の関門
言語化という壁にぶち当たる。

んー。主人公の気持はわかるさ。。

でも、さ、
はなしてるみたいに
かけないから、
なんか、むずかしいなぁ。(文章の体として書けないという意味)


(。。。俺、今気づいたけど、
 このへん未だ引きずってるのかも。。
   本ブログ、ブロークン口語体で書いてるのは、
  そうじゃないと、考えが浮かばないからで、あって、
狙ってこういう文体で書いてるわけではない。
   ;;)

そら、人間的なココロや共感する気持みたいのはあったのでしょう。
文章を読めば、

問2「主人公がこのような行動をとったのはなぜだとおもいますか?」

 答「えー。そりゃ、友達がひっこしちゃうからじゃん」
 答「悲しいしさ、最後にさよならいいたかったんじゃないの?」

ということまでは思いつくわけ。。

でもここから、文章にするのって、難しいのよ。。

まず、国語力がないので、多分
「引越し」という単語が浮かばなかったりして、
上記レベルまでも言語化できない。


たとえできたとしても、そこから、文体を
口語体から書き言葉に変換して、

 「ともだちが引っ越してしまうのを悲しく思い、
  最後にさよならをいいたかったから」

と言う風にできない。

いま思えば、そういうわけで、国語の点数とれなかった
んだろうね。。


簡単じゃん。
単語覚えて、文体変換すりゃいいんじゃん。


あぁ。。

そういえば。。
書いてておもいだした。
自分のニガテな、いつも自分を困らせる
「黄金の出来ないパターン」ってのがあったよ。

さきほどの例

問2「主人公がこのような行動をとったのはなぜだとおもいますか?」


このように、理由をきかれたら、「~から」とか 「~なので」
という語尾で終わらないといけない。

ということを習うわけだよね。。でも、ここで、
頭が生まれつき理系だった僕は、この規則を
1+1=2であるのと同じレベルの規則として捕らえてしまった。

つまり、この原則が、
自分の中で絶対化されてしまったのだ。


いや、「から」や「ので」で終わるって規則、
それで良いといえばよいのだ。
解答欄が20-40文字程度なら。。

でも、200字程度で書け。。といわれると、
どうにもならなかった。

なぜか。
それは、簡単である。
頭のなか 「『から』でおわる」「『ので』でおわる」
でいっぱいなのだ。

その状態で解答書き出すと、文章終われない。
ひたすら、点でつないでいって、最後に「から」とつける。

冗談みたいだが、大学受験までそんな状態だった。

こんな、アホみたいな文章で点がもらえるわけがない。

しかし、本ルール、
私の中では1+1=2 と同じぐらい絶対的なものとして
理解してしまっていたので、そう簡単には直らなかった。

200字でも400字でも、理由をかけといわれたら、
「~から」で終わらなくてはならないぃぃーと
なんかこびり付いちゃってたのだ。。


。。いや、今も直ってないかもしれない。
ちょっと本当に自信がない。

。。 まあ、さすがに、今なら、何かかけるかな?


んー。たとえば、
 冒頭で理由を一言で書いて、
 あとは、それをサポートする例、論拠などを書いて、
 それで、最後は、「よって~といえよう」なーんて終わり方
 で。とか。。

 いや、ちょっと感動。。
 なんか、できそうだ。

 やっとトラウマ脱出か?
 わたしを悩ませた「理由ー>~から」縛り。
 
 おせぇ 遅すぎ。。
 しかし、やっと、脱出だよぉ。。すごい。。

おお、そういえば、かいててもう一個思い出した。

これは、さらに致命的だった。。


いや、これこそ、私を苦しませた
「私はコレで国語ダメでした」
の代表格。真打ち登場です。

それは何か。

 自分、いつも、解答の文章の終わりに、
 「~と思う」
 と付けてしまっていた。

アハハ!

いや、今は笑えるけど、ホント、当時は
ものすごく理解できなかった。つけないでいいってのが。


とにかく、「思う」とつけないと
気がすまなかった。

だって、自分、その主人公でも
作者でもないんだもん。
何書いたって推論だろ! って

まあ、そんな解答を採点したりしてる
地元の塾の先生や、親が、
「『思う』はいらないよ」と教えてはくれたよ。

「そりゃ、そういう意味では、全部『思う』
  なんだから。いわなくてもいいんだよ」

って
しかし、納得いかなかった。


そうなんだよ。。
しかし、これって、すごい、大事なことじゃんか。

絶対的事実と、推測を如何に表現し分けるか。
ここをいい加減に扱うと、どんなビジネスだって
一瞬でつぶれるわけだし。研究なんて成り立たない。

まあ、絶対的事実なんてものは、世の中ほぼないわけで、
どんな事象も、確信度を確率分布的なモデルを想定しながら、
判断し、それを表現を変えてメッセージング(表現)
せねばならないわけでしょ?


確信できうるわけないのに、なんで、そんな、乱暴に
「かなしかったから」
なんて勝手に書けるのさ!
お前に本当の彼の気持がわかるのかー!

そうだそうだ、小学4年俺のほうが正しい!

エジソンは、少年時代、
ホウ酸だかフッ素だか、んー。
そんな危険なモンじゃないか。なんだか忘れたが、
合成して、空をとべる薬なるものを作ってみて、
「これをのめば空を飛べるぞ」と
友達だったか何かに飲ませて、半分ころしかけた
ことがあんだよね。

そんで、そのとき親に「バカモーん」って
なぐられた後遺症で一生ミミが遠かったんだよな。。

ちがったか。。列車火災起こしたときか。。
んー。。、まあぇぇ

ま、とにかく、なんだ。
そんな、「確実でないこと」を思い込みで
「確実だ」的な表現をすることが如何に危険か。。


それが、なんだ。国語の試験は

問2)「主人公はなぜこのような行動をとったのですか?」

答)「ともだちが引っ越してしまうのを悲しく思い、
   最後にさよならをいいたかったから」


ウソだー!決め付けるなー

ホントは最後に、その友達に貸してた漫画を
返してほしくて、会いにいってたのかもしれないだろー

。。

やっぱり、ちゃんと、説明すべきだよ。
子供だからって、手抜いちゃアカン

問2「作者はどのような心理描写を表現したくて、
   ここで少年に友人宅へ向かわせたか。
   君の予想を書きなさい。」

そうだよ。。そういう風に書いてくれれば、
ちゃんと勉強したさ。

または、試験の冒頭に、しっかり、

 「本試験においては、あなたの常識的な
  文章読解力というものを測る目的のものです。
  従って、そのような観点に立ったとき
  私たち試験者にもっとも高く文章読解力
  構成力を示せると思われる手段で
  解答を作成してください。」

と断りをいれるべきだ。試験とは、そういった前提の中での
仮想的なゲームにすぎない。リアル世界の、責任を
伴った言動・言論を求められているわけではない。

ということを、ちゃんと与えてほしいもんだよ。

こういう細かい部分において、なんだか、
アタリマエではない部分をアタリマエとして
前提に置いているのが国語の勉強だった
気がする。


以上、しかし、これらのことは私の心の中に
15年近く鬱積していつつも、言語化できなかった部分で、
上記が理由で現在の国語教育に疑問をもったという
わけではない。

疑問をもってから、幼かったころ、なんで、国語が
嫌いになったかを分析しただけだ。


私が、

「実は自分国語ができないんじゃなくて、
 教育がちょっとおかしいんじゃないか?」

と考えだしたきっかけ。それは、留学中

英語で英語の授業を受けたときだった。


---------------------------------------------
。。と

やっと、起承転結の転まできたか。。

楽しくなって途中に色々付け加えているうちに
すごく長くなってしまった。

実は、今、これまでの部分と同量ぐらい、
転の部分作文しちゃっているのだが、
まだ整理できてないので、残りはあとで

とりあえずソウシーン

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

教育は嫌いだけど、国語は好きだな。

文章は、音楽に似ている
・古典・古文を学ぶのは、
 ブルースや民謡に親しむことに似ている
・『印象的なサビ』『印象的な展開』『ちょうどイイ長さ』
 なら万人に受け入れられやすい
・『ポップ』ということにはいい側面と悪い側面がある
・万人に受け入れられるものが正しいとは限らない

この「国語教育と私」っていう文章はながーい即興ギターソロ聴いてる感じだね。おれは楽しいけども。

おれが国語の先生だったら、
> ともだちが引っ越してしまうのを悲しく思い、
> 最後にさよならをいいたかった
>
> …と見せかけて、
> ホントは最後に、貸してたまんがを返してほしかったから
って書く生徒がいたら、呼び出して褒めてから
「んでもね、このゲームの勝ち方はそうじゃなくてね」
って説明したいかな。

いやぁ、感動した!
すごくよくわかった!

実はですね、・・・

・・・と、僕も長くなったので
トラックバックにしますw

おお、コメント&トラッコバッコありがとう!

実は即興ギターソロのようで、
編集してありますw

即興で書いたんんだけど、やっぱり
話があっちこっちいってしまって。。

続きを書こうと思ってたけど、それはまた今度、

続きは

「英語の教育では、論理的に
 文章の書き方を教えてくれた」

ってこと。。かな。

目から鱗落ちまくったよ。。

今、企業のプレゼン教育でちらほらと聞くような
キーワード、アメリカでは、高校・大学で
叩き込まれてるってところが、日本の現状のやばさ

実際、さまざまな分野で、思いっきり弊害
(というか、アメリカと日本比較して
 へぼいと思える部分。私には
 そんぐらいしかわからんから。)
として現れてると思う。

日本の国家なり民族なり、
そのあたりの競争力をつけるためには
国語教育改革は待ったなしだと思うよ。

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友人のブログに対してのコメントしていたら、是非たくさんの方に読んで頂きたい内容になったので、TBして自分の記事にすることにしました。 一部、彼の記事を引用して... [続きを読む]

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