« 2005年3月 | トップページ | 2005年5月 »

2005年4月の5件の記事

2005年4月27日 (水)

ネシケ&もじら

あーつかれた。。

今日はネスケ8βってのがキーワードだったなぁ。

ホームページ
ネスケ対応にしてみたよ。

 コンテンツ       :XHTML+XML
 ナビゲーション付加 :XSLT
 デザイン        :CSS

という3段構成にしたのはよかったが、ネスケチェックなることを
今日までずーっとさぼってたのだ。

んで、今日思い立ってネスケだのもじらだの、FireFoxだっけ?
なんとかいうやつだのダウンロードしてうごかしたらびっくり!

レイアウト崩れまくり;;

そういうわけで、色々直しましたよ。

基本的にやばかったのは、
margin と padding 、なんか解釈方法が違うじゃないかぁ

それと、text-align: left ; だっけか? いや
div#bodyってのが無視されてて、#bodyに書き換えたら
動いたんだ。 IDで指定する方法に関しても
微妙に動きが違う。。

それと、
#navi1 ul li a を
#navi1 a と 途中省略で記述していたのが、
IEではおっけで、ネシケ(GECKOレンダラっつうのか?)だと
無視されてた気がする


2005年4月21日 (木)

なんか楽しいことないかなぁ

最近、どうも、ぱっとしない。

住宅購入を決定し、契約するまで。
何しようか。。 んー。。

とにかく家のことで今、頭がいっぱいだ。
他のことが考えられない。
完全に舞い上がってるね。。。

ま、いっか。人生舞い上がれるようなことが
あるのは、めったにないわけだし、
徹底的に舞い上がってしまってもいいような気がする。

よし、やっぱ、家のことで舞い上がっとこう!
決定!

舞い上がっちゃイカンとか思うと、なんだか
つまんないし。

2005年4月16日 (土)

フォートンの国

昨日、分譲集合住宅購入をついに決意した。
何かを買おうという決意はだいぶ前からしていたのだが、
実際に物件を決め、営業さんに意思表示をし、
契約日の段取りまで決めたのだ。

東戸塚にある、「フォートンの国」
3538万円。35年ローン (返し終わるのは、、えっと。。66歳?(爆))

とにかく、物件にほれ込んだ。
「森と暮らすマンション」
というコンセプトがすごく気に入ったのだ。

一箇所も現地を見に行くことなく、3500万の買い物をしてしまった。
とっても無謀な感じが自分らしくてイイ^^ 
(実質諸経費入れると3700万円ぐらいだね)

両親に数回現地見に行ってもらって、写真をたくさんとってきてもらって
国際電話で雰囲気を伝えてもらって、WEBをくまなく見て、
。。というプロセスだけど、まあ、勝手知った人間の忌憚ない感想+
写真という客観性で判断材料は十分だと判断したから。
 
昨日、両親に解説してもらいながら、
最終判断のための写真75枚を一枚一枚、
数時間かけてみてゆき、「よし、この部屋でいこう!」と決意した。

こだわりは、やっぱり、緑。
だから部屋も緑がよく見えるように、
3階(山がちな場所に建っているため
建前は5階とよぶ場所らしいけど)の高さにした。

今住んでる38階からの街や川を見わたせる眺望も
とっても気持ちいいんだけど、周りが森なら森が近
いほうがいいなぁ。 と思って。
だから3階ぐらいが理想だったのだ。

もちろん、この物件のほかにもいくつかの物件を検討した。

 ・多摩NT タンタタウン アルボの丘
 ・港北NT センタープレイス
 ・多摩   リーデンススクウェア はるひの
 ・新横浜の物件

などなど、モデルルームをみにいってもらったり、資料を
送ってもらって見たり。。十分な検討はできたと思っている。

3年ぐらい前からマンソンをさがしてたし、
こっち来る前、何軒かモデルルームも見に行った。例えば、
ひばりが丘のフォレストレイク、明石町のなんとかいうところ、
武蔵中原のなんとかいうところ、下丸子のリバープレイス、。。

まあ、モデルルームって思ったのは、
「んー。。まやかしだらけで、アテになんねぇな」ってこと。
綺麗過ぎて生活感無いんだもん。。 コンビ二の袋とか
置いてくれないとさ、イメージわかねぇや。 (←貧相なやつ;;)

でね、その中でいいなって思ったのは、
 ・フォレストレイク
 ・リバープレイス
だった。それは、自分が6歳まで住んでいた
東久留米市滝山団地のイメージが重なったからだと思う。

緑あふれる庭の中に白っぽい建物がドン・ドンと建ってて、
開放的で若い夫婦や子供たちがニコニコ住んでるような。。
そういうイメージ。。

公園で自転車の練習したあのころ、
おともだち(あきらくん、あけみちゃん、jるみちゃん)がみんな補助なし
自転車になって、僕だけ補助つきで、カーブの速度が圧倒的に
自分だけ遅くて、「あぁぁ みんなはやいよぅぅ」って思ってた
あのころ。。

数週間遠くにいっちゃってた、ともだちのあきらくんが、帰ってきた日。
バナナ型オブジェにみんな集まってて、バス停から彼ら家族が
歩いてきて、再開できた、あのとき感じた「説明不能な幸せ」

色んな、ほのぼのドラマの舞台として、団地って本当に
いい場所だったなぁって思うのです。

自分、まだ結婚してないし、子供もいないけど、
いや、いい相手にも子供にも恵まれないかもしれないけど、
なんか、それでもそういう世界に対する憧憬がある。。

だから、「大規模物件」っていうのが、とっても大事な
要素だった。

そして、自分が6歳のときに引越した、現在の実家。

実家は森(雑木林)のとなりにあって、
中学・高校生の頃は不便だとしか感じなかったが、
最近は、森ってのは最高の財産だと思える。

特に2階から見る眺めは、「ここは軽井沢です」って言われたら
「なるほど」って騙されちゃう。いや、下手な軽井沢より
ぜんぜん美しい。。キツツキまで居るし。。

つまり、僕の気に入る物件の要件として以下2点が見えていた

 ・大規模物件
 ・緑/自然があること

これだけで、すでに候補は数件に絞られていた。
そこにフォートンのコンセプトを見てしまった。
「ここしかない!」となるのは自然の流れである。

WEBの掲示板などで、色々とネガティブ情報についても確認した

 1.西側が「もちのき霊園」という霊園に面している
 2.近くに「十愛病院」という精神病院がある
 3.東戸塚駅は、キャパ越え気味でラッシュ時やばい
 4.東戸塚含め郊外マンション価格は下落(暴落)が予想される
 5.東戸塚には、ゴミ山 という負のランドマーク^^がある

これらも当然勘案した。が、やっぱりここが良かった。

つまり、自分の中でのオンリーワン物件なのだ。

それに、ここは僕の中でナンバーワンでもある。

お金を積めば、品川の2000戸のプロジェクトや
港北NTのセンタープレイスというところなども
ありうるとは思うんだけど、やっぱり僕の中での
ナンバーワンはフォートン。

そりゃね、僕も普通の人間だしさ、
六本木ヒルズみたいなステータスに憧れる部分もあるさ

でもね、ニューヨーク・マンハッタンのど真ん中
イーストリバーを眺める52階建てドアマン・プール・ジム・その他つき
超高層アパートの38階に住むという経験をしたので、
ステータスはもう、いいやって。。

住居はステータスじゃない。
人生なんだと思うのさ。

僕は東京郊外に生まれ育ったし、やっぱり郊外のほうが
落ち着くんだよね。

それに、自分、やっぱし、コンピュータ好きだしさ、
こんなところ住んでても週末ひとりでプログラムと
格闘してたりすんだもんw いわゆる世の中一般にいう
「文化の中心」に住むことって、自分には猫に小判。
「こんなもんか? たいしたことないじゃん」ってw

いや、そりゃさ、
徒歩でブロードウェイミュージカルみにいったり、
そういうのも何回かしたけどね。
でもさ、そこにそんな大きな感動があるわけでもなかったの。

インターネットの登場・テレビの多チャンネル化とかでさ、
文化も中央集権でなく、地方分権になったような気がするのさ。

確かに、ブロードウェイミュージカルはすごかったし、NYは
そこそこ面白い街だとは思う。 でも、なんか、違うんだよなぁ。。
街でお金を払って得られる感動ってのも確かにあるよ。
でもさ、そういうのじゃないところに真の人生の喜びって
あるとおもうの。 

実家の近く、母と湧水地まで散歩に行った帰り、
ちいさなちいさな、住宅を改造したようなケーキ屋さんで
チーズケーキを買う。 木漏れ日の中を歩き、家に帰って
紅茶を入れてケーキを食べる。 
ウグイスの鳴き声に春の訪れを感じ、
夏、夕焼けの中、カナカナの鳴き声に涼む。

ミュージカルやらクラブやらの刺激よりもさ、
そういうものがくれる感動のほうが、よっぽど心を揺り動かす。。

いや、そのときは激しく揺り動かさないか。。
ただ、じわーっと、目をつぶれば浮かぶ
「よき思い出」記憶の中により大きな面積でとどまる。。
という感じかなぁ。。

フォートンの国という舞台で、僕はどういう人生を送れるのか。
楽しみでならない。

2005年4月 3日 (日)

パパシィィーーーーーー

ローマ法王、ついに亡くなったァァァ;;

今日私は、RSSファイルを定期巡回するデーモン的
サーブレットをつくっていた。

そして、とりあえず、デーモン化は置いといて、
OPMLにしたがってパカパカ巡回してとってくる
モジュールのテストをしていたそのとき、
そのテストがやっと通ったそのとき、

BBCニュースから取ってきたRSSの最初のITEMに
こうあった。

<item>
  <title>Pope John Paul II dies in Vatican</title> 
  <description>Pope John Paul II dies at the age of 84 following heart failure, ending one of the longest papacies in history.</description> 
  <link>http://news.bbc.co.uk/go/rss/-/2/hi/europe/4399715.stm</link> 
  <guid isPermaLink="false">http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/4399715.stm</guid> 
  <pubDate>Sat, 02 Apr 05 20:23:01 GMT</pubDate> 
 </item>

われわれ非キリシタン、非カトリッカーにはあまり重大な
ニュースではない。

しかし、きっと世界のカトリッ君、カトリッ子たちが
多く悲しんだことだろう。

歴史上もっともながいパパシィが終わった。。
とBBCは表現した。なんだかパパシィィって
可愛い言葉だなぁと思ったので。。そんな
タイトルにしてみた。

が、本当に、一人の方がなくなられたのである。
それも、多くの人々の心の支えとなった方である。

ご冥福をお祈りしたい。 (今NYは珍しく大雨だ。。)

2005年4月 1日 (金)

知的社会基盤

本日WEBサーフしていたらとてもよい言葉を見つけた。 

それは 「知的社会基盤」 という言葉。

社会基盤工学専攻で大学院を一応卒業はしたものの、
この分野には、真に私のやりたいことはあまりない、
ここは私の力のいかせる分野ではないと感じ、
IT業界でシステムエンジニアをしている。
それが現在の私だ。

しかし、私の中に社会基盤・社会資本といったものを
扱う分野への未練や迷いがないといえばそれはウソになる。

この分野から離れ
就職してから5年。
半年に一度ぐらいずつ、
自分に以下の問いをしてきていた。

 「俺はITバブル入社か?」
 「俺は志をちゃんともっているか?」
 「今の仕事は社会に本質的に貢献できているか?」
 「短視眼的ではなかったか?」

社会基盤工学から情報工学系企業へ。
自分の学歴と職歴に一貫性がないことに対しする
コンプレックスがあったのは事実だ。


しかーーーーーーーーーーーーーーーし!

私は今日私が出会った「知的社会基盤」という言葉。
こいつは、私の迷いをかなり吹っ飛ばしてくれた。
私のねじれたキャリアに筋を通してくれるマジカルワードでもある。

「知的社会基盤」

キャリアに筋を通すための言葉遊びではない。
本質的にすごい概念だ。だから心からうれしい。

これはとても面白く、取り組みがいのある概念だ。
この概念は日本再生の鍵となる言葉なんじゃないか
とすら思う。


社会基盤とはなにか。私の定義をここに書こう。

人はがんばったら、社会から
その対価として幸せにしてもらえるが、
社会基盤とは、その幸せへの下駄はかせのことを指す。

つまり、社会基盤が20しかない社会では、30がんばった人でも
50しか幸せになれないが、社会基盤が80ある社会では
10がんばれば90幸せになれる。

社会基盤≒社会資本とは、
そういう種類のものを指すと思っている。

私は、高校のときアメリカという社会にふれた。そして、
日本という社会と比較するなかで、
どうしようもない劣等間にさいなまれた。
満員電車、ウサギ小屋、醜い電柱と町並み。。
自分が大学で社会基盤工学を専攻したのは、
この劣等感を解決したかったからである。

私は日本に、10がんばったら90幸せになれる、30がんばったら
110幸せになって、10余っちゃうから、0しかがんばれなくて
80しか幸せでない人にプレゼントしちゃうような社会になって
欲しいのだ。

しかし現実は厳しい。
日本の社会資本の貧弱さは発展途上国状態であるが、
民主主義のもとでは、物事は浅はかな論理のもとで流される。
区画整理も景観美化も、美意識の欠如した心貧しき日本人が
変わらない限り遅々として進まない。
既存のアプローチでは、この状況を劇的に変えることはできない。
大学で私が学べたのは、そのさびしい現実だった。

そして私は志半ばにその分野から離れ、
現在、インターネットというものに
真っ向から取り組む仕事をしている。

インターネットは、システムであると同時に
社会のあり方や、人々の意識すら劇的に変える
可能性をもったコミュニケーションメディアである。
そう思ったからだ。


「知的社会基盤の整備」

そうだ。私が目指すべきことは、これだ。
これがしたかったんだ。

次の世代のためにも、
10働いたら90幸せになる社会をめざし、
こつこつと知的社会基盤整備に貢献してゆきたいものだ。


社会資本は十分か 
日本の社会資本不足問題を非常に分かりやすく具体的に説明している。
皆さんに是非読んで欲しい。

慶応大:次世代メディア・知的社会基盤 見つけたWEBページ
知的社会基盤という概念に比べると内容はイマイチな感じ。。
残念ながらよくある「新領域創生=よせあつめ」のパターンっぽい気がびんびんする
が、この「知的社会基盤」という言葉を創造したのが彼らだとしたら
尊敬を禁じえない。いや、創造していなくても、
採用しただけでも立派である。

« 2005年3月 | トップページ | 2005年5月 »

Haruya's Violin

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

最近のトラックバック

無料ブログはココログ