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2006年1月の3件の記事

2006年1月29日 (日)

払沢の滝

東京都桧原村の払沢の滝をみにいった。
凍っていた。

双眼鏡で、向かいの山にある天狗の滝もみた。
カレーをたべた。

帰りに、立飛のホンダプリモにいった。
新型シビックのモジューロエアロつきS、
スーパープラチナメタリックは、やっぱりかっこよかった。

島忠にもよったよ。

ガラスのテーブルがいい感じだった。
表札はサイズがあわないみたい。
ソファーは、あれでいいかな。

しろは汚れやすいから、別の色にしろと、母
まあ、どっちにせよ、来週の内覧会でイメージを固めてからの
決断となる。

来週が勝負だ。

今、アマゾンで、内覧会用の本を注文した。
遅くても金曜にはつくはず。

引越しは、幹事会社である日通にする方向。
10万を超えてしまうのが、少々つらいが、まあいいか。

モバイルスイカ。 ビューカードが必要とは、
JRもせこいことしやがる。

しょうがないから入ってやるが、
JRに対する不信感はますます高まった。
公共性のある企業が、
ああいうことして、独占禁止法とかにひっかからないの
だろうか。。

カードを減らすために、モバイルスイカにするのに、
ビューカードなんていうカードが増えたら、
結構意味半減だ。

うーん。

2006年1月 2日 (月)

俺は何がしたいんだぁぁ!

わからねぇ わからねぇ わからねぇ

俺は何がしたいんだ~!!!

というのは、
最近の俺を自己分析してみるとこんな感じだ。

1.仕事くん(70%)
    ただプロジェクト成功に向けて、目の前にある課題を
    片付ける最適化問題のソルバおよび実行者。

2.自己肯定くん(20%)
    3月入居予定の新居と、3月納車予定のくるまに関し、
    自分の選択が正しかった、間違っていなかったと、心から
    信じるための、都合のよい情報収集と解釈。

3.生活最適化くん(10%)
    日々の生活で得られる効用を最大化するという最適化問題
    に取り組み、それらしい解を出し、実行する人またはそのようす。


これだけだ。

たとえば、仕事の部分を除いては、こんな感じだ。

○アネハのニュースを見ては、「ウチは大丈夫だろうか、きっと大丈夫」
 という自問自答を繰り返す。(パターン2)
○シビックハイブリッドのWebページを見ては、
 「やっぱりかっこいい。これが一番だ。」と繰り返す。(パターン2)

○仕事の合間に空いた時間ができたらチャーンスとばかりに、
 (結構デフォルトぬいちゃってる;; そんなことないか。。)
 OAZO4階の丸善カフェのハヤシオムライスを狙いにいく。(パターン3)

なんか、きわめて大事なものが欠けている気がする。
なんだろう。。なんだろう。。

いわゆる本能の部分、人生の意味とかそういう部分だな。
そのあたりが、こういってる。

 「なんか、ちっこいぞ、人生が。」


そう。最近誰とも心からのコミュニケーションをとっていない。
仕事上のそれは、真剣にやってるが、でも上司だ顧客だ発注先だと
立場の違う人とはある程度のバッファをつくりながらしか
主張もできないし、レスポンスも返ってこない。

いあ、それ以前に、下手なことをいって、
自分が巨大な責任を負ってつぶれたりしないようにだとか、
下手なこといって信頼失わないようにだとか、そういう要素が
どうしても入ってくる。 あたりまえのことだが。。

人間って、そういうの抜きにして、ときどき本気で全部げろげろっと
愚痴ったり夢を語ったりしてないと、精神は健全でいられないのかもしれないな。

なんか、やっぱり自分も、同世代の皆のよくあるパターンにもれず、
こうおもうことが多い。
 「俺、このままこの会社でせこせこ働いていて、ちゃんと報われるのか?」

いあ、たいしたこと出来ては居ないんだけど、
まあ、できてないからこそ、無力感ってやつなのかもしれないなぁ。。

いあ、うそだ。
誰か読んでるかもしれないっていうことで、謙遜はいってるな。。

正直に書こう。
心のどっかで「俺はこの程度じゃない」と思ってる。

。。んー。。  んーーーー。。 微妙。 。
 無力感も感じてるか。。

。。 やめた。やめた。

無力感感じたところで、何も前進しねえか。


 要するにさ、テレビとかみてるとさ、
  世の中にビッグな奴がたくさん居るわけでさ、
   そいつらと比べて、自分がすげーちっぽけで、
     情けなく思えるってことかな。


それ以前に出来ていないこと多いけどね。

いや、 これも謙遜だな。。 
本心としては、「そんなこと俺がやらんでもいい」とか思ってるか。


やっぱ必要なのは、支えてくれる妻ってやつだなぁ。。

んー。。 んー。。 知らない間に、テーマが
「仕事を通しての自己実現と、その手段」になっている。

それでいいんだっけか。。

んー。。 もちょっと、本質的人生の喜びについて。。

人生。。 人生。。
よろこび。。よろこび。。
なんだろなぁ。。。

まあ、簡単だわな。。
やっぱ妻だよ。妻。
理想の妻!および家庭!

美と愛だ。
人生にひつようなのは、それだけだ。

あ、でも、
愛はともかくとして、
究極の美を妻に求めると大変なので、
そこはそこそこでよいとするためには、
美学の再構築が必要な気がする。

うん、そうだな。。

おお。俺すごいな。 いいことにきがついたっぽい。

2006年は、俺ルネッサンスだ。


それで初めて結婚とかできるのかもしれないな。。
世の中の女性に完全な美を求めるから、結婚ができない。。
そこに愛のみを求め、美の追求を切り離す。

 。。んー。。ほんとにいいのか?・・
んー。。やっぱ微妙だなぁ。。

やはり、美はほしいな。
美人とかそういう美じゃなくて、
ストーリーというか、運命的な感じというか、
ロマンスというか、そういうやつだ。

。。。 だめだ、 論理が分散してしまった。

確認しよう。いや、ここまでで、だいぶ
方向性は見えた。

美の追求。
これを分散的に2つのソースから実現する。
 1.妻となる人(およびその人との関係性の中)に求める
 2.自己の生き方の中に求める。

。。すばらしい、書いてみて、大きくうなずいたぞ。
比率的には、半々。。かな。。 うん。
よくわかんねぇから半分ずつにしよう。

それで、問題は、これらの2方面からの美の追求をどう実施してゆくかだ。
 
 1.については、適切な相手をきめ、同意してもらいという
   大きな課題があるが、そこさえクリアできれば、
   人生をドラマチックにプロデュースしてゆけばよいだけのことだ。

 2.について、、ここだ。
   こっちこそ大変なんだ。
   
   ここをしっかり構築することが先決で、それに基づいて、
   既存または新規チャネルの中でプレゼンテーションを行うことによって
   適切な相手というものが見つかり、意気投合できる可能性が
   初めて生まれてくる。


だからこそ、大事なのは、「俺ルネッサンス」っていうことになる。
そういうこったね。さっきピンとおもったのは、

 1.人生の美学を再構築する

 2.これを共有できるひとを探し、
   その人との関係性の美学も定義・共有する。

いあ、2の順序がこれではだめだ。

 1.自身の人生の美学および、
   伴侶との関係性の美学を再構築し、

 2.マーケティング(チャネル・コミュニケーション)を通じて、
   これを共有できるひとを探す、または、
   伴侶となる人に共有を依頼する。

そうだね。。これだね。
 2006俺ルネサンスの定義は以上。

以上をもって本年の抱負としたい

2006年1月 1日 (日)

Subversion

今頭のなかに居るやっつけたいやつ。

それは、Subversion
いわずと知れた(知れてないかw)バージョン管理ソフトだ。

2年前やってたプロジェクトでCVSには慣れたが、あれの
「ファイル名変えたりすると、ヤヴァイことになる」っていうような問題
(あれは仕様レベルのバグか?)が解消されている優れものだ。

また、サーバとしてWebDAV(こいつも実はつかったことなくて・・)
も使えるということで、社内のうっとおしいセキュリティ上の縛り
(CVSのpserverポートがVPNからだとつかえない)がスルーできて
嬉しい。

が!

困ったことに、今回のプロジェクトでは、2年前とちがって、
まだ親しいとよべるようなインフラ系技術者がいない。
ていうか、信頼し合えるような技術者がまだ周囲にほとんどいない。。
(自分のヒューマンスキルの問題でもあるんだけどさ。。)

ということで、アパッチの設定とか自分でやってて、
「めっさつかれる。。もういやだ。。
 俺の専門はこのへんじゃねぇ・・」
という軟弱な自分の前に、へこたれ気味。。

Solarisなんて使うの3年ぶりぐらいだしさー
なんか、色々ブルーな年末年始だよ・・

今日は、恒例のフォートン参り。
 (3月入居予定のマンションを見に行って、癒しを求める儀式)

初詣は東戸塚の境木地蔵尊にいってきた。

祈ったのは、ぼやかしてかけば、自分と家族の健康と幸せ。
それと、どさくさにまぎれて、仕事で携わるプロジェクトの成功。

まあ、そういうわけで、Subversion。。およびWebDAV!
まずは設定がんばるさ。

でも、その後が本番なんだよなぁ。。 はぁ。。

まあいいや。


こんなところでへこたれてたら、プロ失格だわな。。

プロジェクトのボトルネックを見つけて、突破しまくる。
それが、これまで自分がやってきたことだし、
そこが自分の(仕事って意味での)価値だし、
それがなくなったら、俺はただの平凡なサラリーマンに落ちぶれる。

平凡なサラリーマンに快適な居場所は存在しないのが今の会社。
(ていうか社会全体そうかもな。。)
だらけて落ちぶれて空虚感と戦うのと比べたら、
目の前の技術課題なぞ、かなり雑魚敵だ。

明日中には片付けたる。

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Haruya's Violin

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