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2007年8月12日 (日)

滝山団地

東京・東久留米にある実家に帰った。
いろいろ用事をすませて、3時ごろ、いつもどおり、
「さて、どこかにおでかけしようか。」
ということで、どこかに行く計画が持ち上がった。

両親と妹と私の4人。
うだうだと、どこにするかだとか、どこもいきたくないだ、
そんな話で時間が過ぎ、5時ごろになって、我々はやっと家を出た。

行き先はまだ決まっていない。
運転者は自分だったが、コックリさんのような感じで
自然と行き先は決まるものだ。

車を動かしだした結果、今日は車は何気なく滝山団地に向かい、
これまた、何気なく、我々はそこを散歩することになった。

最近母が誰かから聞いて図書館で借りてきた
滝山コミューン1974という本の
存在が働いたのだろう。

滝山団地は、自分が0歳~6歳ごろまでをすごした場所。
私にとっても、両親にとっても、妹にとっても、
30年前の人生の舞台そのものであった、そんな場所だ。

あきらくん、あけみちゃん、
るみちゃん、こばらくん。・・・
当時の友達の思い出もある。

公園の柵やら藤棚やら・・
一つ一つの遊具やオブジェにも思い出がある。

自分はまだ幼稚園にもいってない時代。
両親は、今の自分と同じぐらいの年だった(母はもっと若かった)。

むかし遊んだ公園や、幼稚園入園前の1年間、
毎週火曜日に通った幼児教室(西地区集会所?っていうのかな?)。
そんなものを見ながら、4人とも30年前の光景を思い出していた。

自分は、当時の団地って、今のマンションみたいなもの
だったんだろうなぁって思いながら、
横浜東戸塚の自分の住むマンションを対比させて考えたりした。

30年後、今のマンションもこんな風になるのかな・・
だとか、そんな風に。


この場所も、ニュータウンがオールドタウンになるっていう話と
無縁ではないと聞いている。(前述の本にも書いてあった)
子供の数も当時の3分の1以下になっているそうだ。

時間帯も夕暮れ時で、それもあるのだろうが、
妹が、がらんと、だれもいない滑り台をさして、
「私の記憶だと、あの滑り台、いつも誰かがいて、
  順番待ちで、ほとんど滑れなかったもんね~」
といったのが印象的だった。

言われてみるとたしかに、公園にいけば必ずだれか
遊び相手がいて、友達のお母さんやらなにやら、
色々な人がなんとなくそこにいた。

あのころの団地って、子供にとって、
いい世界だったんじゃないかな。

今は子育て人口は減ってしまったかもしれないけど、
バリエーション豊かな公園群や、広い歩行者用プロムナード、
あふれる緑、そういうインフラは健在だ。


0歳~6歳ぐらいの子供だった自分にとって、
あの空間って、それこそそれが世界だったし、
それは、十分に広く、十分に安全で、
十分に刺激に満ちた世界だったなと思う。


そんな団地という空間に感謝したり、
そういう場所を選んでくれた両親に感謝したり、
そんな良い散歩ができたと思う。


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