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2008年7月 8日 (火)

不可知論

何気なく MySpaceのユーザ登録をしてみた。

このブログや技術系ブログ、mixiや社内SNSなど既に使っているので、正直おそらく使わない(使い切れない)と思うのだが、技術的興味から登録してみた。

そこのプロフィール編集画面で宗教なんていうものを選ぶところがあり、「あぁ舶来SNSだなぁ」なんて感じたのだが、びっくりしたのは、プルダウンで選ぶ宗教一覧の一番上に「不可知論者」、次に「無神論者」となっていたこと。キリスト教やらなにやらは、下のほうになっていて、変なのと思った。

今思えば、元の英語が、

  • agnosticism (不可知論)
  • atheism (無神論)

ということでアルファベット順だったんだろうけど・・

自分、恥ずかしながら「不可知論」という言葉をしらなかったので、ぐぐったところ、まあ、想像したとおりの宗教観を指す言葉であることはわかったのだが、意外な人の日記がヒットしたのが興味深かった。

http://www.hyuki.com/dig/dig4.html (IT系の人の中では有名人)

この春から妹が(何を思ったか)宗教学の大学院なんてのに通いだしたので、最近よく兄弟でこれ系の話題の雑談をするのだが、今度妹と話をしてみよう。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

不可知論について書いているだけで、結城さん自身はプロテスタントのクリスチャンなんですが(苦笑). 自分も無神論者かと言われると違う気がするんだよなあ. 自分の中にはキリストはいないけど、キリスト教徒の中にはキリストがいると思っているので :-D.

>不可知論について書いているだけで、
>結城さん自身はプロテスタントのクリスチャンなんですが(苦笑)
ありゃ?
それはわかっていて書いたんだけど、変な風に読めちゃったかな?


よく日本人の多くはは無宗教だなんていうし、実際そんなもんだろうと思うのだけど、その結果宗教感ってのがあんまり話題になることが少ないのかもなと思う。

べつにそれはそれで問題ないと思うんだけど、こういう「特定の宗教(団体)にカテゴライズされない宗教感」的なラベルって自分というものを定義する上で結構使えるツールなのに、みんなあんまり話題にしないよねぇ、なんかもったいないかもー、的にずっと思っていました。

10年ぐらい前に、何気なく放送大学か何かで流れていたスピノザに関する講義(哲学か何かかな?)で、汎神論やら万有在神論やら何やらの解説を聞いて結構感銘を受けてそう思っていた次第です。

宗教の話がタブー的になっているのが今の日本の大部分の状況かなと思うけど、まあ、「ちゃんと互いの考えを尊重し、押し付けない」という原則のもとであれば、もうちょっと社会の中で光が当たったほうがいいなと自分は思っています。

現代人の病んだ心を救えるのは、企業でもセラピストでも技術イノベーションでも国家でも社会システムでもなく、「成熟した宗教」なのかななどとも思います。

自分は今のところ、かなり無神論者に近い思想の持ち主だけど、不可知論って考えを知って、そっちのほうがしっくりくるかもなとも思った次第です。

ひとつ、無神論者であっても、「絶対的に信じることができる軸を持ち、それに従って自分を律することで、傲慢さや不安を極小化し、より幸せになれる可能性を高めることができると仮定し、そのコアとなる装置ないし仮想概念としての神を持ち信じて生活してみる」という生き方ができるわけで、私はそれに近いことを時々している人とラベル可能かなと思います。どうでもいいですけど^^

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