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2013年5月 5日 (日)

Violin 肩当なしに挑戦中

ゴールデンウィーク後半から、Violin の肩当なしに挑戦をはじめた。

きっかけは、なんだったかおぼえてないけど、
練習してもしても(所詮サラリーマンの趣味なので毎日は練習できてないのでそのレベルの話として)
なんかイマイチうまくならんなぁと、壁を感じていたところ、

・ハイポジの音程が狂うのは、きっと姿勢が安定していないからだろ
・姿勢を強制的に安定させるには肩当を取ってみるといいのかも
・そしたら変な姿勢ならすぐにVnが滑ったりするので、いやでもハイフェッツのような姿勢で固定されるのでは?
・姿勢が固定すれば、手の形も固定できて音程も固定してくるかも。
・そういえば、先生が半年前ぐらい、肩当なしとかやらないんですか?なんて言ってた気がする。
・さすが先生。そこまで見抜いていたに違いない。

なんていう、思考回路が働いたのが動機だ。
ということで以下のページなんかを参考に肩当なしを実践してみた。

http://orchestra.exblog.jp/4280177
http://www.sasakivn.com/werkstatt/qa/halten2.htm

うーむなるほど、やってみる価値はありそうだ。

実は、肩当なしに挑戦するのは初めてではない。
子供のころ、テレビで見るプロのソリストはみんな肩当してないということに気づいて、やってみたことがあった。が、楽器がつるつる滑って落ちそうで、できる気がしなかった。
しかし、最近は昔とは違って姿勢を意識するようになって姿勢が改善した(はずの)ため、なんかできるようなきがしたのだ。

やってみると、やっぱり最初は楽器がするする肩からすべるのだが、そのたびにびしっと左に反り返るような姿勢をしてむりくり楽器を水平に保つようにして弾いてみた。結果気を抜くとすぐに音程が狂うものの、気を抜かない限り、なんとかそこそこ弾けるし、なんだかハイポジの高音がめちゃ響きが良くなって幸せな気分になってきた。

おお、確かに肩当外すと高音の伸びがよくなるって書いてある。これはいい。

一応、ポイントとして左肩が上がって無駄な力が入らないようにということを注意してみたのがよかった気がする。

楽器にかかる重力(下方向の力)は実は所詮木なので大したことないわけで、肩に乗っていれば
ほぼゼロだ。子供のころから縦方向のモーメント(回転力)を意識してついつい顎でキツく挟んでしまっていたが、
顎を引いてよい姿勢でたっていれば、実はなんてことはない。

問題は横(ななめ)方向の回転だ。姿勢が悪いと楽器の傾斜が大きくなり、斜めに廻りがちなので、ハイフェッツ様の凛々しい立ち姿をイメージして、なりきってみる。
基本楽器を水平に挟んで、横方向の回転方向が水平になっていれば重力でに回ることもない。

ただし、ずっと反り返っての演奏では音楽にならないので、楽器が斜めになるときに備えて、まあ一応左手を使うのだが、力で支えるのではなくて変位を防止するだけの感覚でやってみる。

橋桁の耐震補強鎖
僕的には、立体交差の橋げたの下についてる耐震補強の鎖のようなイメージ。
あんな細い鎖で巨大な橋桁の重みが支えられるわけないが、あれは地震の際の横方向の変位(移動)を阻止することに意義がある。(はず。)

仮に地震で橋桁がずれて橋脚から落ちかけたときにどう支えるかという対処を考えると、大がかりな仕掛けが必要になるはずだ。しかし、地震揺れによる横移動さえ防止すれば橋は落ちないというところがポイントだ。横方向にずれる力は重力に比べて大したことがないので、それを阻止するだけの鎖はあの程度の太さで十分という寸法。
  (・・のはず。あまり勉強しなかったが、一応、大学・大学院の専攻は土木工学とか耐震工学とかなので・・・)

橋桁を楽器として、左手の支えはあの鎖程度の力でいいのだ。ということを意識して、軽く左手の支えも使えつつ
色々と弾いてみると、なんとか肩当なしでもそこそこ弾けるではないか。

しかも、ハイポジの音の響きの良さが、肩当なしだと格段に違う。。だんだん病みつきになってくる。
そして少しでも気をぬいて悪い姿勢で弾いていると音程まで不安定になるため、強制的に姿勢が正されるのも中々にいい効果だ。

あ、そうそう、あともう一つ、肩当なしにするとよさそうだなと思ったのは、
弾く弦や左手や弓の位置、・・要は、曲のダイナミクスにあわせて、
姿勢の調整が必要になりそうなこと。 肩当ありの時にくらべて、

つまり、恥じらうスズキメソード少年時代に身に着けてしまった、直立不動奏法のメンタリティを強制的にかなぐり捨てる必要が出ることだ。これは結構個人的にはバカにならない効果かもしれないと思う。

一人で弾いているときは恥じらいもなく音楽を感じて(行き過ぎはいくないかもだけど)動いて弾けるようになった僕も、まだ先生の前やら他人の前だったりすると、なんだか音楽に乗りきれず少年時代のぎこちない演奏になりがちなのだ。

で、肩当なしにすると、何がいいかというと、端的にいえば、、

「肩当なしだと、曲に合わせてダイナミックに動くための口実ができるのだ!」

  (何を言い出すかと思えば、いい年して・・)

でも・・恥ずかしがり屋なのだよ。。僕は。。誰が何と言おうと。

子供のころ、レッスンで半年に1回ぐらいやってくる

 先生 「あきおくん、ここは、ほら、もうちょっと、ランパパパーンーーってかんじで弾こうよ」
 先生 「そうだ、歌ってみましょう。 声で、 ランパパパーン!」
 僕   「・・・」 (はずかしくて 歌えない・・ うつむく)
 先生 「ランパパパーン! よ、 ラーラララーじゃなくて!」
 僕   「・・・」 (なんで そこ、ラで、パなんだろ、 こないだは リンタタターン だったのに)
 先生 「ほら、歌えないから弾けないのよ! 恥ずかしがってちゃ上手になれないわよ!」
 僕   「・・・」 (助けて・・そんな意味のわからない歌詞で歌えない・・)
 先生 「先生、あきお君が歌うまでずっとまってるから!」
 僕   「・・・」 (・・逃げ出したい・・・)

という儀式が嫌で嫌でしょうがなかった僕にとって、
男子校から理系に進みエンジニアになってしまった僕にとって、
人前でくねくねと弾くには本当は何か必然性がないといけないのだ。
 (結構、若いときは殻を壊したりもしたが、基本、殻を作るタイプ)

ということで、強制的に、ランパパパーン的になれる(に違いない)肩当外しは、僕にとって大事な気がするのだ。

肩当をつけずに楽器を構えるとき、
それは僕のにとっては、ランパパパーンでもリンタタターンでも歌える覚悟をすることを意味する。
そうだ!その覚悟をもって楽器を弾かねば音楽的にはならぬのだぁぁ!
 (ああなんて楽しいんだろう!w)

ということで、肩当なしは、僕にとってオトナのしるしなのでした。(もう意味不明)
ちゃんちゃん。


あ、最後に、もう一つ、肩当なしのいいところ。

「楽器弾く前に肩当をつけなくていいこと。」

超当たり前なんだけど、楽器弾く前の準備がワンステップが不要になるのは、ものぐさな僕にとっては結構効果あったりする。より気楽に楽器弾く気になれるよね。しまうのも楽だしさ。

ということで、ちょっと継続的にやってみようと思う。

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