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2008年1月18日 (金)

切迫早産

F1000107妊娠中の妻が体調不良を訴えたので、会社を休んで病院につれていった。ここ2日ほど、「おなかが痛い」ということを何度も訴えていたのだが、これまでも「おなかが張る」だとか「張る」だということをいつも言っていたので、あまり気にせずそこそこ家事もやってもらってしまったのだが、それはまずかったようだ。

病院で告げられた病名?というか症状名は、「切迫早産」というもの。「要するに早産になってしまう一歩前、結構切迫してます。絶対安静」というやつだった。

正直焦った。妻はこれまでも、不育症(不妊と違って妊娠はするのだが、その後育たずに死んでしまう。)ということで、2回も流産してしまっている。今回はちゃんと不育治療のクリニックに通って、やっとこさここまで赤ちゃんに大きくなってもらったのに、ここにきて早産となってしまっては、なんともやりきれない。

F1000106病院の一室で、ベッドに横たわる妻の横で、機械のマイクから聞こえる赤ちゃんの心音を聞きながら、当たり前ながら、「何がすべてに優先すべきか」を強く考えた。まだ見ぬ小さな命。そして、力なく、息も絶え絶えに横たわる妻。妊娠の影響で、何も運動していないのに動悸がして、息切れしてしまう。そしてそれが1時間近く続くという。
ちゃんと赤ちゃんに酸素はいってるのだろうか。ちゃんとお産はできるのだろうか。

将来自分たちが親になってから、子供のためにできること。いろいろあるだろう。
塾やら習い事のお金を払うために趣味を我慢したり・・また、反抗期、思春期などでは、
自分が親にかけた迷惑を考えれば、まあ、相当の覚悟は必要だなとも思う。

しかし「今」しなくてはいけないこと、できることの大きさは、たぶん、そういった将来子供できることと比べた時、普通に、比較にならない。

そもそも「彼」の「命」の確保が必要だし。また命に別条はなくとも、彼がなんらかの健康上の問題を一生抱えて生きてゆかなければならなくなったりするリスクも、すぐそこに見えているような気がする。そういったリスクから守ってやることが、どれだけ大事なことかは考えるまでもない。

「早産となって今生まれてしまうと、ちゃんと生き残れる確率は80%程度」という話も、お医者さんからもらった。80%という数字に複雑な想いを持った。残り20%に対する恐怖は無論だが、一方で、この80という数字は、これまで数か月の間で頑張って築いてきた数字なんだとポジティブにも考えられた。

数か月前妻が病院からもらってきた白黒の写真の中で、初めて「彼」をみたとき。「彼」が小さな小さな2cmぐらいの丸い何かでしかなかったとき、この数字は0%だったのだ。それが、この数か月、がんばって不育治療に通ったり、家事分担したり、通勤で車で駅までおくってもらっていたのをバスに切り替えたり、・・ ってまあ、自分がやったことは大したことではないのかもしれないけど、、そういうので、0%が80%まで来たんだ・・と思うと、ポジティブに「あと1か月、2か月!」と考えることができた。

そして、その1か月、2か月をどうやって確保するのか。それを考えたとき、迷わず思った。

「俺が負担をかけないことが一番大事」

・・ っていうか、まあ、、、えーと、その、

要するに、自分は「手のかかる困った夫」ということである。
ただし「それを自覚をしている」のが、せめてもの救いであるということである。

具体的には、自分には、以下のように困った部分があるのだ。(まあ、もっとあるけど)

 ・休日に「おでかけ」をしないと不機嫌になって、ストレスを与えてしまうこと。
 ・ご飯をつくってくれないと、文句をいって、ストレスを与えてしまうこと。
 ・部屋が片付いてないと、文句をいって、ストレスを与えてしまうこと。

これらは今はじまったことではないので、妻の妊娠後は、自分を律してこれら要素をなるべく排除したいとは思っていた。だが、やっぱり人間そう簡単に変われるものではなく、自分を律しきれていなかった。

というか、、結構、、全然 orz

切迫早産という現実を突きつけられた今、さらに自分を律することで、妻のストレス源としての自分のネガティブパワーを減らすことはできるはずだとも思った。
が、一方で、「これまでできなかったやつ(自分)を信用する」という危ない橋をわたるわけにはいけないとも確信した。

「小さな命のゆくえは私の自己管理次第」なんていう状態にしてはダメだ。
だから、迷わず「たすけて!」と家族に泣きついた。
「休日、うちに来て、掃除とか、選択とか、ご飯づくりとか、手伝ってくれ!」と頼んだ。
「または、おれだけでもそっちに行って、ストレス源を妻から遠ざける必要がある」とそのまま話した。

家族というのは、本当にありがたいものだ。「それは大変だ」ということで、その日のうちに駆け付けてくれて、2日泊まりがけで家の片づけやらなにやら、手伝ってくれた。

みんな、本当にありがとう。

F1000105その夜、我が家のドラセナの木に、つぼみがついるのを見つけた。別名「幸福の木」とも呼ばれるドラセナについた蕾は、
僕たちみんなを応援してくれているようだった。

Haruya's Violin

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