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2017年8月28日 (月)

タリンク・シリヤラインでエストニアへ

Dsc_0452フィンランドのヘルシンキからエストニアのタリンに向かう船の中でこれを書いている。Tallink & Silja ラインという会社の船だ。

ついさっき成田から10時間のフライトを終えて、ヘルシンキはヴァンター空港についたのだが、いきなり事件発生。飛行機の中にパスポートをわすれたことに入国審査ゲート前で気づき、30分ほどJALの皆さま(機長さんと思わしき方やCAの皆さん)や空港の警備の方にご迷惑をかけて助けていただいた。降りるときシートポケットの中にスマホ2台とタブレットをいれておいたのを片付けてそれで満足して紙の類への注意を怠ってしまったみたい。JALの皆さま本当にありがとうございました。

さて、ヘルシンキは去年に続いて2回目だ。チケットの買い方やらなにやら色々と勝手がわかるのでスムーズだった。電車を途中下車して、後日訪問予定の自社ヘルシンキオフィスの下見をしたりする余裕ももてた。
しかしエストニア・タリン行というのは去年はなかった新要素だ。自分の人生の中でエストニアなんていうところに行くとは思ってもみなかった。

今回は、昨年から参加しているMyDataというイベントの2回目で、フィンランドの主催団体が「来年はエストニアと共同開催にしよう」なんていうことをいったためこのようなことになった。エストニアは昔はソ連だったバルト3国の一番北側にある国でスカイプを生んだ国。首都タリンはフィンランド首都のヘルシンキからフェリーで2時間前後。そしてITに力をいれていてかつ国民に信頼されている政府が、ものすごいIT化を進めているということが背景にある。
https://www.projectdesign.jp/201505/mynumber/002076.php


なんだか20年前にいったニューオーリンズの事を思い出す。たしか1998年の夏のことだったか。妻とはじめて出会った年だ。当時ニューヨークに住んでいた妹に会ってから、ロサンゼルスの友達とのころに行く途中だったか、その逆だったか記憶があやふやだが、マイレージ使ってのフライトだったからせっかくだから2か所ほどよくわからない場所を経由してやろうなんて考えてのことで、バハマとニューオーリンズに確か2泊ずつステイした。

何の縁もゆかりもないばかりか、憧れの地とかいってみたいとか、そういうわけでもなく、テキトーに選んだニューオーリンズで、やることもなくネットカフェで当時の自分のホームページを更新したりした。自分の住む場所とは程遠いわけの分からない場所で、いつものエディタにいつものような文章を書いているこの感じが懐かしい。

Dsc_0486いま飲んでいるのはティラミス Cold Brew なるティラミス味コーヒー牛乳的なもの。4.5ユーロ。安くないか。

この海ってバルト海だよな。水の色とか湘南の海とあまり変わらないようにも思う。飛行機の中でモアナと伝説の海を見た後だから特にそう感じるのか。陸と比べて海の景色は、特に海だけになったときは単調だよなぁ。と思った。バイキングたちが活躍した海が平塚あたりの感じと変わらないというのはいかがなものか。(自分の感性の貧弱さが・・)


Dsc_0466ちなみにこの船、12階建ての超大型船で、なかにはレストランはもちろんカジノやらディスコやらもある。なんだかワクワク要素が多いのだが、いかんせん10時間フライトのあとでもあり日本時間では今は夜中。とにかく眠くて疲労が半端ない。お金をケチってデッキ席を選んでしまったのは間違いだったかな。小さな個室にすれば横になれたのに。


ヘルシンキからタリンへのフェリーは色々あって、日本出発前から以下の3社どれにすべきか迷った。

Tallink & Silja Line
Eckero Line
Viking Line

出発前日に一生懸命Webの情報を調べていたのだが、結局どの会社の船にするか決められずヘルシンキについてしまった。こういうのは事前に調べようとすると1時間ぐらい調べても結果よくわからんということになる。一方で直前になって「今から乗るぞ!」という気持ちで調べると、あっと言う間に情報が整理されて結論がでたりする。
この現象って色々な場面で観測される気がするけど、名前がないのかなぁ。土壇場即断即決プランと仮に名付けてみよう。つまり旅行等に関する意思決定は直前でバタバタと決めたほうがコスパがいいという話。

バタバタして失敗するリスクはあるのはあるのだけど、時間が限られた中でやる判断なので調べ方が本気になるし、現場でそこにある情報・状況に基づいた判断になるので、事前の想像に基づく判断より精度よい判断ができる。

実際ヘルシンキ中央駅の観光案内所で話を聞いたところ、日本からの検索では見つけられなかった新たな情報が出てきたりした。Viking Lineと他の2社で出港する港が違うということ。Vikingは東の港、他の2社は西の港だ。昨年東の港のあたりは散歩したので、てっきりそこから出るかと思っていた。

また、パスポート機内忘れ事件やら会社のオフィス下見などでいろいろモタモタした結果、ヘルシンキ中央駅に着いたのは16:20すぎ。今からのるのはどんな船がいいか?という観点で三社の時刻表をみると、1択でタリンクということになった。

なんだ。結局選択の余地ないんだ・・・的な。 値段やらサービスやらで悩んでも意味なかったね。



-------つづき---------

その後、船は無事エストニアのタリン港につき、タクシーにのってホテルにつきました。
ぼったくりタクシーがいるとか、そういう事前情報もみつけて気をつけたけど、幸い普通のタクシーだったみたい。フィンランドと同じようにチップはいらないみたい。

2017年7月31日 (月)

富岡製糸場

スズキメソードの夏期学校に向かう途中、はるやの希望で富岡製糸場によりました。

昨年・一昨年の夏期学校の帰りは上信越道経由だったので、そこから見えた富岡製糸場の看板のことを覚えていたみたい。どうやら3年生の1学期の授業で、蚕を飼ったりしたそうで(&死なせてしまったそうで)その文脈の中で富岡製糸場というものがでてきたみたいで興味を持ったようです。

2011年12月31日 (土)

2011大晦日スキー

プロローグ

昨年2010年の年末は、妻の機嫌を損ねてしまったため
妻が天の岩戸よろしく寝室にこもってしまい、
息子と二人でさびしく近くの24時間スーパー(Fuji)に、
寂しさを紛らわせるための「おせちセット」と「みかん」を買いに行った。
あの時はなんだか寒かったなぁ。
思えば、あれが息子と二人だけのお出かけの最初だったか・・
いやいや・・もっと前に鎌倉にもいったかな??

そんなことを思い出す今日この頃、2011年大晦日なのだが、
なんと今年もやってしまった。

昨年に同様、今年も妻の機嫌を損ねてしまい、
妻が岩戸(寝室)にこもってしまった。
歴史は繰り返すとはよくいったものだ。

そんな経緯から、息子を連れてスキーに行くことにした。
この辺、一般論的にはロジックがおかしい感じがするが、まあ、
我が家的には、そういうもんなのです。よしとしましょう。

実を申せば、妻が岩戸にこもってしまったのは2日前。
年末年始の休暇が始まり、私が家にいるようになった直後だった。
まあ、私も最初はいろいろ機嫌をとったりするのだけど、
何かを言葉をかけようものなら・・・

「ウルサイ、あっちいって。」
「ハル(息子)とどっかいってきて。」
「ひとりでゆっくり休ませて」

という感じだった。それで、先日ここにも書いたように、
ここ数日ははるくん(息子)と二人で近くの
「お風呂屋さん」にいったりしていた。実際

29日には、家から一番近い「極楽湯」
30日には、2番目ぐらいに近い「湯楽の里」

といった感じでハシゴしたわけだけど、さすがに3日連続で、
お風呂屋さんというのも、マンネリというか非日常感が薄れるので、
そろそろ何か新しいアイディアがほしかった。

夏ならば、海にいったり公園で遊ぶというアクティビティがあり得るのだが、
今は寒いし、ハルのだいすきな箱根登山鉄道はこないだいったばかりだ。

 うーん。どうしよう・・

待ちに待った年末年始の休みなのに、
いざ休みに入ったら、皮肉なことにどこにいくのも何するのもかったるい。

そんな流れの中、30日の夜、どこからかひとつのアイディアがひらめいた。
「そうだ。はるくんとスキーに行こう」

準備

まあ、よく思い出せば、、
実は数か月前から「この冬はスキーに行こう」と心に決めてはいたのだ。
こういう流れになるのは「思いつき」ではなく「必然」といえる。


実際、行先についても大方目星をつけてあった。

そもそもスキー未体験の3歳児を連れて行く時点で
まともにスキーを楽しむことは不可能であることは目に見えており、
 ・近場で手軽に行けて
 ・コースが少なくて安いところ
という条件となる。放射能云々もあるし、山梨あたりが
いいんでないだろうかということで、昔行ったことがあるようなないような、
Yeti  http://www.yeti-resort.com/ に行くこととした。

一方で、よく考えたら3歳児に初めてスキーをさせるって
実は結構大変なんじゃないか?ということに気付いた。

よく気付いたな。俺。

そういうわけで、早速「3歳児」「初スキー」とかでググってみる。
すると先輩諸氏の色々な苦労話に行きつけた。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/3639199.html
なるほど。やっぱり大変だよな。

と、そのなかで気になる記事を見つけた。
http://blog.livedoor.jp/kodomoski/archives/51471269.html

むむ。なんだこの
「トライスキー + コーチベルト」ってのは?

さらにググってみる。
http://kotop.naturum.ne.jp/e190018.html

なるほど。そういやスキー場に時々ヒモつけて
滑ってる人いるねぇ、あれかぁ。

すなわち、トライスキーというのは、
スキーの先端にくっつける
プラスチック製の金具的なもので、
こいつを使うとスキーが重なってズッコケる
よくあるパターンを回避できるという代物。

コーチベルトってのは、スピードが出すぎて
制御不能になってズッコケるというよくある
パターンにならぬよう、親が後ろから
引っ張ってスピード制御してあげるためのヒモである。

みなさんの書き込みを総合すると、その評価は
だいたい以下のようになる。

 ・凄い効果。これがあれば、片足ずつスキー履いて
  慣らしたりそういうプロセスなしで、
  いきなりゲレンデで滑らせるということすらできる。
 ・特に幼い子供に対して初スキーから使ってあげると、
  スピードに対する恐怖が生まれる前に、滑る楽しみを
  味あわせることができる。
 ・何回か使ったら外してしまうものなので、
  ある意味高い買い物だが、その価値は十分にある。

うーむ。すごいじゃないか。これは使わない手はない。

行動の朝!

31日の朝、いつもより早く目が覚め、さっそく行動にうつった。
今日は忙しい日になるぞ! 

朝10時ごろ、さっそくはるくんを誘って
自宅から車で5分のVictoria 東戸塚店に向かう。

店員さんに尋ねたところブツはちゃんと売っていた。

トライスキー3900円
コーチベルト5900円

しめて一万円也。うーむ。高い。が、
これで息子がスキー好きになってくれるのならば安いものだ。と
自分に言い聞かせる。

さらにスキーウェア&手袋&ゴーグルを選んでゆく。

緑を中心にした、そこそこかわいく、男の子らしい、良いコーディネイトが
つくれそうだ。妻に黙って大量の買い物をしてしまっている事実に
少々おどおどしつつも、勇気を出して勢いで購入。

さらに、そのままの勢いで、保土ヶ谷バイパス&東名高速を乗り継いで御殿場ICへ向かった。


スキー場にて

御殿場ICを下りてすぐ、マクドナルドのドライブスルーで昼食を買う。
もう昼をまわってしまっており時間がもったいないので、運転しながら食す。

おお富士山が美しい。

自衛隊の演習所となっている樹海的なところを20分ほど車を走らせると
目的のYetiに到着し、駐車場に車をとめた。

さあ。おいらも戦闘開始だ。

ミッション:
 ・はるくんの初スキーとして楽しい思い出を演出すること。
 ・トライスキーで滑れればなおよし。

車の中で、おニューのスキーウェアを着せて、自分もテキトーに着替え、
いよいよ寒い外にでる。

第1の関門だ。 ここで「寒い~、もうやだ~」となってはならない。
体が冷えぬよう、小走りでチケット売り場に向かう。

チケットを購入。スキーレンタル込で10000円が吹き飛ぶ。
うーむ。割引クーポン併用とはいえ、子供とはいえ、やっぱ二人分は高い。
朝、ウェアやら何やらで数万が吹き飛んだばっかりなので、ちょっと無駄遣い的
罪悪感がよぎる。 

スキーレンタルでは、第二の関門を意識した。

はるくん3歳。初めてのスキー用具とご対面。ここはビデオで予習していない。
スキーブーツが痛いだの、歩けないだので、スキー嫌いになってしまうことが懸念された。

ぱぱ:「わぁ。歩き方、ろぼっとみたいだねぇ。面白いねぇ」

スキーブーツを履いて歩く不自由さを、エンターテイメントに変換する苦し紛れの誘導を試みる。

はる:「あはは~。 おもしろい~。ろぼっと、ろぼっと」

よし!息子よ。よくぞひっかかった。
そうであろう。
そうであろう。
たのしいであろう。

それでこそわが息子、
シンプルなのはよいことなのだ!

スキーブーツをはき終え、帽子やゴーグルも装着した。
よし、いよいよゲレンデか。

あー、まった。何か忘れていないか? 大丈夫か?
しばし自問してみる。 

あっ! 

第3の関門にここで気づいた。 
というか、いつものあのリスクに気づいた。

すなわち、「おしっこ~」 である。

転んだ拍子におもらしして、おニューのウェアを
汚してしまうと悲しいし、自分的も後処理なんて超面倒だ。
っていうか、そもそもこの手の事故処理はいつも嫁任せで、
やったことない。

ということで、いきなりスキーブーツ&トイレである。
感覚的にはいきなり上級者コースに近いものがある。

と、もうここまでで実は結構気が張って疲れてしまった部分があるのが、
気を取り直してゲレンデに向け、レンタルの建物の自動ドアを出た。

ここからが本番だ!


Yeti ゲレンデ

建物を出ると、30メートルほど先に、リフト降り場と滑り出し準備中の一群の
人々が見えた。

二人分のスキー板を持ち、彼らの集まっている滑り出しポイント的なところに向けて
歩き始める。ゆるやかなのぼり。

これまでのスキーでは、間違いなくスキーを履いてスケーティングですいすいと進み、
「よ~し、今年もスキーを楽しみますか~!」
的なルンルン気分となるひとときである。

が今回は明らかに違う。
自分がルンルンになるのではなく、はるくんを
ルンルンにしてあげるミッションをこなしに来ているのだ。

履きなれないスキーブーツで、つるつるすべる雪の上、
なだらかなのぼり斜面を進む3歳児。
私の片手は「おててつなぎ」を担当しないわけにはいかない。

一方で、車を降りたときは、荷物は
秘密兵器トライスキー&コーチベルトや非常時用
パンツやらお着替えの入ったリュック一つだったのだが、
今やこれに加え、大人のスキーが2本、短い子供スキーが2本。
長いストックが2本、短い子供用ストックが2本。
そして、これらアイテムをちゃんと束ねてホールドするために、外した手袋が2つ。
持ちきれないので口にくわえている。

片手は「おててつなぎ」に専念した状態で、上記アイテム群をすべて
運搬しつつ、つるつるスキーブーツでアイスバーン気味のなだらかなのぼりを進む。

私がコケれば、間違いなく影響ははるくんにも及ぶことが予想され、
はずみでスキーがが当たれば最悪けがをさせてしまうかもしれない。

ピリピリに神経を使いながら、この移動をすませ、
滑り出しポイントに到着したときには、思わずため息が出た。

よし、さっきも気をとりなおしたばかりだが、
もう一回、気をとりなおそう。

滑走開始!?

スキーを雪の上にならべ、まず自分がスキーをはいてみた。

む。 そうだ。 当たり前だが、
スキーをはかせてやらねばならない・・か
えーと・・・

スキーをはいたまま体をよじったりして工夫をして、
なんとかはるくんにもスキーをはかせる。
よし!できた。

いよいよ秘密兵器だ!ということでおもむろにリュックを開けて
トライスキーを取り出す。

む。よく考えたらまだプラスチックケースに入ってるではないか。
えーと、これ、どうやって組み立てるんだ?

ぐぁ。 準備しとけばよかった。

傍らには雪の上で悪戦苦闘する父親を不安そうに見つめる息子。
いかん!ここで俺が余裕を失って不安にさせてしまうと
スキー嫌いになってしまうかもしれない。

心中必死になりながら、「あれ~、これなんだろー。面白いねぇ」
などとおどけて見せる。何にも面白くない。
これはさっき俺が買ったトライスキーだし、こっちは、コーチべる・・

むむむ!

なんと、コーチーベルトの包みを開けると、購入時初期状態では、
ベルトがご丁寧にプラスチックバンドでキチキチに束ねてある。
このプラスチックバンドを取ってやらんとならん。

で、これはどうやって、結ぶんだ? ??
悪戦苦闘は続く。 息子を不安にさせないよう、必死の
茶番おどけ劇をしながら・・

5分~10分は格闘したであろうか。

やっとコーチベルト&トライスキーが装着できた。

いよいよ、滑走だ。

ファミリー向けの緩斜面をボーゲンでおりる。
すぐ1~2メータ先にはコーチベルトでお互い体を
結び合った愛するわが息子が、
トライスキー装着の初スキーに乗って滑っている。

おおおおおおお!

すべれてるんじゃね? 
すべれてるんじゃね?

実際のところ、これも神経ピリピリに張りつめて、かつ
二人分の体重を5年以上ぶりのボーゲンで支えるため、
ももやふくらはぎの筋肉も悲鳴をあげており、
スキー的そう快感も何もないのだが、
息子が滑っているという事実がただひたすらうれしい。

その直後、初滑走は数メートルでこけてしまったのだが、
コーチベルトは、コケた息子を引っ張り上げて体制リカバリさせる用途にも使えた。

床の上のでっかくて思い荷物をストラップで引っ張りあげて肩にかけるときと
同じ筋肉を使う感じで、息子をモノのように扱ってるようで少し心が痛いのだが、
初心者スキーで一番体力を使う「コケからのリカバリ」をアウトソースできるメリットは
おそらく息子にとってうれしいはずだ。

なんどか、滑ってはコケ、コケてはパパの力で引っ張りあげながら、
第1回滑走は順調に進んだ。

しかし、ここで新たな難題が現れた。ゲレンデの左よりからすべり始めたのだが、
はるくんが右にすすまず、どんどん左によっていき、コースから外れてしまいそうになってきた。

実はコーチベルトは、馬の手綱のように、右側を引っ張ると子供が右に曲がるという風にも使えるのだが、
それが最初わからずにいたのだ。コースアウトするとリカバリが大変そうだったので、やむを得ず
最大筋力ボーゲンで、いったん停止した。足が死ぬほどいたい。

さて、この体勢からどうしよう。少しでも動いたらまた、前に進んでしまう。
ひとりならいくらでも方向転換できるが、前方1.5m でベルトに支えられている
わが子はどうにもならない。

しょうがないので、わざとこけて、はるくんもこけさせた。

大晦日、寒いながら、青空のもと、
雪の上で二人でゴロン。
白い息のふたり、

ぱぱ: 「すごいねぇ! すべれたねぇ!」
はる: 「うん。」

ちょっと不安そうなこわばりも残しつつではあったが、
いつものご機嫌なはるくんの表情で、
得意げな返事が返ってきた。

その後、自分は体力・気力とも、ほぼ限界状態だったが、
はるくんはコツ&すべる楽しみをつかんだようで、
結局、オートスロープを5-6回。リフトにも2~3回のり、
日が暮れるまで二人でスキーを楽しむことができた。

後半、驚いたことに、彼の意志による
「あっちいきたーい」という一言に押される形で、
いきなりそこそこの中斜面にもトライして滑りきってしまった。

トライスキー&コーチベルトの威力。ものすごい!

「スキーは楽しい!」と思ってもらうというミッションは確実にクリアできたようだ。

今日一日ではトライスキー&コーチベルトを外すことはできなかった(しなかった)が、
これは、次回の楽しみにとっておくとしよう。

2011年5月 5日 (木)

掛川花鳥園2回目と大井川鉄道

GW前半は結構仕事漬けだったが、後半は旅行を楽しんだ。
今回は久留米の家族(私の両親&妹)と一緒に掛川花鳥園と大井川鉄道を楽しむ旅だ。

掛川花鳥園はつい先日に訪れたばかりだが、

 1.とても楽しかったのでみんなにも紹介したいということと、
 2.はるくんが「またキョロちゃんに会いたい~」という感じだったので

再び訪れることとした。花鳥園なら富士にもあるようだが、HPみるかぎり
そこにはキョロちゃんはいなそうだったので、妥協せず掛川までいくこととした。

5月5日

朝6:40に出発したところ、9:03ごろ花鳥園についた。
朝いちばんのキョロちゃんは、やはりエサの食いつきが違った。

宿泊は、磐田グランドホテルというところ。
お金をケチるために夕食抜きのプランだったため、
よる晩御飯を求めてさまよった。

結局、ららぽーとに行ってフードコートでいただくこととなった。

5月6日

翌日、大井川鉄道に乗るために東名で牧の原まで移動。
お茶畑が美しかった。

新金谷の駅でSLに乗り、2駅分のった。
一駅もどって吊り橋を渡った。

プリンとお茶を買って帰った。

2011年4月30日 (土)

石巻出張

仕事で石巻に行った(1泊出張)。

とあるボランティア現場への無償システム導入がミッション。
ゴールデンウィークを一部返上での仕事になったが、
いろいろと得るものは大きかった。

石巻には10年ほど前に出張で来たことがあった。
だから、仙台駅や仙石線の風景はかすかに記憶があった。

今回も仙台までは新幹線。そこから仙石線だ。
仙台駅にはパッと見、震災の爪痕はもう残っておらず、
昔の記憶どおりの駅だった。

そこから仙石線に乗り換えた。10年前、
ローカル線のような名前の仙石線が、実は
仙台駅付近では地下を走っており、
まるで東京の地下鉄ような都会的な雰囲気
であったことに驚いたのだが、
今回もその雰囲気はそのままで、震災という
言葉を微塵も感じさせなかった。
しかし実際のところ、この仙石線、
今回の震災で被害を受け、東塩釜という駅までしか走っていないという。

仙石線に乗って数分後、地下区間を抜け、地上に出たが、
周囲の風景は至ってふつうだった。
様子が変わったのは電車に30分ほどゆられたあと。
塩釜を超えて終点の東塩釜駅にもうすぐ
到着するというあたりからだった。

東塩釜の前は、ちょうど高架になっていて、まわりを広く見渡せる。
ところどころ明らかに建物が建っていたような区画がまっさらに
なっていて、がれきが散乱しているような場所があった。

なるほど。やはりここは被災地なんだとここで初めて実感した。
そして駅に近づくについれ、被害が数区画連続するようなところも
出てきて、そのたびに「あっ」となる。

「明らかな爪痕」を見せつけられたところで、仙石線電車は
現在の運行区間終点である東塩釜につく。

さびれた駅前広場では、
本来は植え込みとして設計されたような「島」の部分に
中型のボートがひっくり返った形で安置されていた。
明らかに場違いなところにこんなものが置きっぱなしになっているという
事実がいろいろなことを語りかけてきた。


その駅前広場から、タクシーにのって石巻に向かった。
国道を走り、松島を抜けて石巻に至るルートだ。

松島が相変わらず美しかったのが少しうれしかった。
というか、桜咲く4月29日、春うららかな日差しの中の
松島は「とても」美しく、心癒され、今度はちゃんと観光で来たいなと思った。

運転手さんの話だと、松島が防波堤のようになったことで、
他の場所と比べて圧倒的に被害が少ないらしい。

しかし、ゴールデンウィークだというのに、観光客はほとんど皆無。
あとで聞いた話だが、今は訪れるボランティアのみが観光産業を
支えているとのことだった。

(中略・・仕事・・中略)

よる、松島で食事と酒をいただいた。
店の主人によると、この店にも人の身長ほどの水が押し寄せ、
いっとき店は滅茶苦茶になってしまい、やっとのおもいで
数日前に再開したばかりだという。

一度はもう人生が嫌になって、すべてを捨てたくなったが、
やってくるボランティアたちの存在に励まされ、
やっぱり店を再開しようという気持ちになったという。
 「役に立つ立たないではなく、来てくれる気持ちがうれしい」だとか、
 「東京の人は『ひとりじゃない』とか繰り返し流される
  ACのコマーシャルにうんざりしてるかもしれないけど、
  僕らには本当にああいうメッセージが必要」だとか、
そんな話をしてくれた。

(中略・・仕事・・中略)

帰りにタクシーの運転手さんが、
国道をそれて、本当に被害の大きかった
海沿いの道を通ってくれた。

津波の被害のものすごさに圧倒された。

やはりテレビで見るのとは違う、
田んぼの真ん中に車がひっくり返って転がっている風景は
国道からも確認できたが、海に近い場所では、
電信柱や松の木がボキボキに折れて、
水路にバスが沈み、電車の線路が枕木と一緒に
空中に梯子のようなアーチを描いている。(東名駅)

自分の頭の中にある「どこかで見て知っているビジュアル」
の中で一番近いのは、東京大空襲や広島原爆後の焼野原だとか、
コソボやイラクの破壊された町並み。。だろうか。
逃げるところなんてどこにもない。おそらく多くの方がこの中で亡くなったんだと思う。
一生忘れられない「世界」がそこにあった。

帰りは仙台から「はやぶさ」に乗ってかえってきた。
デビューして数日で震災を迎え、しばらく活躍の機会がなかったようだが、
仙台までが復旧したことを受けて戻ってきた「はやぶさ」の雄姿は
なんだか頼もしかった。

みんなが復興のシンボルをたたえるような表情で、
思い思いに携帯等で写真をとっていたのもなんだかうれしかった。

2011年4月 2日 (土)

家族再会と掛川花鳥園

4/1 疎開していた妻子が帰ってくることになった。

ちょうど金曜日が静岡出張だったので、兼ねてから課題であった
掛川花鳥園の観光を兼ねて掛川で再会することにした。

妻と再開できることも無論うれしいが、なにより
かわいい息子との再開は、言葉にできないようなうれしさだ。

 「はるくん、かえってきたよー」
 「ぱぱ、えんえんないた?」

うん。
うん。
うん。 ( > < ) /

駅南のイタリア料理屋さんで再会のディナーをいただいた。

翌日、4月2日ははるくんの3歳の誕生日。
この日を一緒に過ごすために、帰ってきてもらったのだ。

朝一番で掛川花鳥園に入った。

キョロちゃん(オオハシ)が腕の上に載ってくれたり、
最近メディアで有名になった「ポポちゃん」(ふくろう)にあったりできて、楽しかった。

帰り道、ガンダムを一目見ようと静岡で高速を降りてみた。
先日公開期間を終わったということだったのでまだあるか不安だったが、
東静岡駅前につくと、ちょうど片づけ中らしく、頭がない首から下だけのガンダムを拝むことができた。

うーむ。

2011年2月19日 (土)

今年も三浦海岸の河津桜

昨年に続き今年も三浦海岸の河津桜にいってきた。

今年はじーじもみーみたんもうーたんもいっしょ。(私の父・母・妹)

ゆっくり河津桜を楽しんだ後、
ソレイユの丘にもいった。

2010年10月 2日 (土)

グアム旅行 - 4日目

(作文中)
散歩
Dsc_0204ちょこっとLeoPalaceの中を散歩。

Dsc_0218池に小さな魚がいて、きれいだった。

Micronesia Mall
アリランなる店でプルコギ的なものをいただいた。
FUNtastic なんちゃらいう遊戯施設で3つ乗り物にのった。

Two Lovers Point
Dsc_0244


はるくんがハンサムだねぇと二人に言われた。

Dsc_0238


ちょっとうれしい。

K mart
お土産購入
はるくんのおもちゃ購入


Denny's
ストローベリーシェイク
ステーキ等

星空観察
夏の大三角形
木星
緑のレーザーポインタ
アンドロメダ星雲
さそり座

2010年10月 1日 (金)

グアム旅行 - 3日目

(下書き中)
本日は、天気も晴れたので、泳ぎにいくことにした。
行き先はレンタカー屋さんで教えてもらったトンガンリゾートというところ。入場料$5のお手軽なプライベートビーチだ。

トンガンリゾート
相変わらず出発は遅かったので、到着したのは、11:40ごろ。昨晩迷った裏道から島の南に向かった。

到着して、大人一人$5.00の入場料を払って説明を聞いたり着替えをしたりしているうちに、12時からのバーベキュータイムとなってしまった。ちょこっとプールに足だけつけて、バーベキューテーブルについた。

Dsc_0137バーベキューはお一人様食べ放題で$13.00 お子様無料。悪くないお値段だしちょうど昼飯どきなので、いただくこととしたのだ。

ハエが飛んできて払うのが大変だったが、味は結構いけて、パクパクとリブやらチキンやらを頂いた。きれい好きのハル君は、ハエと戦うのに必死でちょっと半泣き入っていたが、そこそこおいしくチキンなぞを食べたりしていた。

Dsc_0142椰子の実ジュースはひとつ$5.00。こちらも面白そうなのでいただいた。まずは、ストローを刺してジュースをいただく。
まあ、そんなに飛びぬけておいしいわけではないけれど、天然なのにそこそこ飲めるのが面白い。

こどもの頃母親から教わった「椰子の実ジュース」というものを30年越しぐらいで飲めたということになるのでちょっと感慨深い。

飲み終わったら、実を割って中身の実を削いでもらい、わさび醤油をつけていただいた。実はイカ刺しみたいな味で、こちらも結構いけた。

昼飯を食べ終わったので、早速泳ぐこととした。
まずはプールで慣らしてから海に行くことにした。

Dsc_0147海は美しかった。さすがグアムだ。熱海じゃねぇ。

なまこがちょっと気になったが、くらげは全くいなくて安心して泳げた。

 
Dsc_0162ハンモックで一休み
 
南西側一周ドライブ
ハンバーガーを食べる
カプリチョーザで晩御飯


2010年9月30日 (木)

グアム旅行 - 2日目

(・現在作文中)
朝起きたら、Kちゃんが驚きながら
「なんか携帯にメールがたくさん届いちゃってた」
という。

実は、Docomo World Wing やら World Call が有効になっていた。
すなわち、このままだと、
あとで凶悪な国際ローミングの超高額の請求がくることを意味する。
ということで、Webからこれを無効化した。

うーむ。恐ろしい。
しかしこれで一安心だ。

朝食はパンにクリームチーズとジャムをぬっていただいた。
昨晩、はるのげろ処理をした記憶が鮮烈で、ご飯(昨日の内容物)を
食べる気にならない。

はるくんが「えしぇしぇぷ(XperiaでみるYouTubeの成田エクスプレス動画)みたーい」などとせがむ。
「外国だからつながらないよ~」というのは通じない。

ルームキーパーさんがやってきた。

「彼がげろっちゃったけど、被害状況はこんなもんだ」ということを伝えるのに
少し頭を使った。日本語ならCPU20%ぐらいで伝えられるのが、英語だと
やっぱり80%ぐらい消費する。

チップはどうしようか迷った。結局、汚染されたベッドに$5、
その他のベッドには$1おいてみた。


レンタカーでドライブに出かけて、ほどなく、
エンジンの形をいたオレンジ色の警告ランプが点灯した。

これはやばいだろうということでレンタカー会社に連絡をいれたが、
「きっと大丈夫だよ~」的な回答。

うーむ。のどか・・・というか・・ 本当かよ!的に思う。

一応、レンタカー無保険(最低限の保険)で借りてるし、
あとでエンジンがいかれたときに弁償しろとかいわれるといやだし、
レンタカー屋によってゆくことにした。

と、その前に、CitiBankの横を通ったのでよってみることにした。

今回の旅行では$1,000分のTCを持ってきたのだが、
TCをつくるときに、自宅から近い横浜のTCショップがしょぼくて、
$100のTCの在庫が切れてしまっていたため、$500 TC x 2 という
使いづらい形でしかもって来ていなかったのだ。

それに対する解決策目論見としては、
NY駐在のときに作った米国Citibankの口座に使いづらいTCは
全部入金して、ATMからキャッシュひきだしつつやりくりしようという
計画だった。

しかーし。 Citibankの受付のおばちゃんと話してみてびっくり。
なんと、グアムのCitibankは日本のCitibank同様、米国Citibankとは
切り離された、いわば「Citibankもどき」であって、米国口座には入金できないという。
(おろすことはできる)

ぐぁ。。。 つかえねぇぇ。。 
Citibank 本気で嫌いになってきた。

米国口座の残高減らしたくなかったので、計画を変更して
なんとしてもどこかでTCの現金化をすることとした。

気を取り直して、今度は先ほどの警告ランプ問題対処のため、レンタカー屋による。
なんか、銀行やら警告ランプやら面倒つづきで、リゾートっぽくないぞ!
と思いつつ、日本人スタッフにも確認を取る。

本当かどうかよくわからないが、
この警告ランプは「定期点検が近いよ」という意味で、
特に異常を示すものではないという説明を受けた。

まあ、よしとするか。。

その後、
Under the Water なる水族館的施設と、
SEA Grillなるレストランにいった。

帰り道。

まっすぐ帰るのもつまらないので、回り道して帰ろうと思ったら、
ジャングルの中に入ってゆく道につっこんでいってしまった。

舗装道路から未舗装道路に突っ込むあたりで、
「こりゃやばめだな」とも思ったが、どちらかというと、
僕はこういうときこそ燃えてしまうのだ。

「この道を突き進んだらどこにでるのか知りたい」
「Uターンは負けだ」

そういう心理が沸き起こる。
どうやらこれは遺伝的要素があるらしく、
助手席に座るじーじ(父)もそれに同調する。「いってみよう。」

後部座席に座る妻が小さくため息をついたような気がしたが、
気にしないことにした。

結局、その未舗装道はどこにもつながっておらず、
同じ道を戻ることになったのだが、まあ、よしとしよう。

日はとっぷりと暮れ、
Mangilaoという町をとおりつつ、
LeoPaleceリゾートに戻ることにしたのだが、
地図によると、昨日通った道とは別ルートで
裏道的な感じで戻ることができそうなので、その道を
探しながらかえる事とした。

グアムガイドパンフレットに載っている、
超アバウトな地図しか持たないわれわれは、
物凄い迷うことになったが、
野犬の群れに囲まれたりするハプニング(車の中にいたので大丈夫だったが、怖かった)や、
現地の高校生ぐらいの青年に道を教えてもらったりするイベントを経て、
やっとの思いでLeoPaleceリゾートに戻ることができた。

LeoPalaceのゲートを抜けたとき、安堵するわれわれ大人たちの空気を察してか、
はるくんが「おめででとー」と手をたたいた。

「そうだねぇー。 ほんとに、おめででとーだねぇ^^」

迷っている最中、
LeoPalaceにつく直前
ぼやっと暗くライトアップされた
JAXAと書かれた球状の物体がなんだか不思議な感じだった。


Haruya's Violin

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