カテゴリー「Violin」の31件の記事

2017年5月11日 (木)

ヘンデル Violin ソナタ4番二長調, HWV371

スズキ教本6巻の最後、ヘンデルのソナタ4番ニ長調、やっとこさ合格。来週から7巻です。
1楽章&2楽章はスズキ的には皆発表会で弾いたりする定番です。

I. Affettuoso

冒頭の長い音で弓が足りなくなる~がアルアルなこの曲。特に長い音の前や、フレーズの切れ目でポジション移動があって、音程外して超目立つってガックシということになりやすいという特徴もあるような気がしてます。

はるやにとっても、その点での苦労は結構ありました。あわせて、弓の返しでフレーズがブツブツと切れないよう、
フレーズの塊ごとに自然な抑揚をつけること、弓の返しをなめらかにすることなんかもガンバりました。

きれいでいい曲ですよね・・・ 私だいすき。この曲。 フレーズごとにおはなしが変わってゆくような面白さがあるよね~なんて話をはるやともしました。

最後の終わり方もD-durのトニックで終わると見せかけて、偽終止でヘンデルさんが大好きな「おまけ」が続いて、「さぁ2楽章に行きますよ~」って終わり方をするのも面白いでしょう?なんていうことなんかも。

II. Allegro

うって変わって、ジェットコースターのように楽しい速い曲。こちらも16分音符で駆け抜けたり、4分音符中心で流れていくところがあったり、8分音符中心でトットットットと進んでいったり、明るい太陽に向かっていく感じのところから、悲しみの海を越えてゆくところなど、場面が色々変わって楽しいねぇなんてお話をしました。

一方で、「8分音符は音を止めずに響かせる」「16分音符で右手が手首だけになってしまってギチギチ・チマチマにならないように」という課題、普通にこの速さのなかで右手・左手のシンクロがずれてグチャグチャにならないようにという課題も大変でした。


III. Larghetto

眠くなりがちなヘンデルソナタの3楽章・・・ 曲を愛せるようになるまでが大変でした。(私も)
ボウイング(アップダウン)とポジションを覚えること、長い音の拍数がわからなくなることが主な課題でした。

でも、その辺を覚えたあたりから、曲のよさも染み入ってきたもよう。でも案外、はるやはこの手の曲(短調の緩徐楽章)が好きらしいです。Vivaldiのコンチェルトの2楽章とのき「こういう曲好き」って言ってた気がする。

この楽章にもおまけついてるよねぇ~

IV. Allegro

楽譜にVi - de って書いてあって注釈として「通常ここは省略して弾く」などと書いてある。
昔の楽譜にはそんなこと書いてなかったし、なぜ省略なのかを調べてみました。

Videは 「見よ」という意味で、現代の楽譜でいうこの記号のことらしい。
↓実際こいつの呼び方はVideというらしい。知らなかったです。

D.S.やD.C.のある曲なら意味わかるけど、なくて1回目からジャンプしてしまうなら飛ばされたところに何の意味があるのかはまだよくわかりません。 なんでだろう・・


2017年4月16日 (日)

第33回かながわ音楽コンクール二次予選

20170417063139_p昨年は涙をのんだかなコン二次予選。今年はがんばってくれました。




2日前のピアノ合わせ練習のときは、こんな感じでショボかったのですが、次の日の練習と本番の頑張りで数倍上手に弾いてくれたので何とかなった感じです。



もう3度目の出場ということで、さすがに、だいたい出てくる子たちの名前も顔も、半分以上覚えますね。同じ学年の子たちはライバルということになるのでなおさらですけど、上の学年の子たちも含め、特に印象に残る素晴らしい演奏をした子のことなんかはよく頭に残るので、その子の成長を見るのも楽しいです。

低学年部門では技巧的には初歩的な課題曲をどのように音楽的に美しく弾くのかが問われています。その結果なのか、みな様々な解釈で弾いてきて「うぁ、そうくるか」という驚きも結構あって面白いです。

ちなみに、ニンテンドーSwitchがほしいよーなんていってたので、

  • 本選行けたらニンテンドーSwitch
  • いけなかったら電源Switch

という約束をしてました。そのこともあってか、本番ではいつもの200%ぐらいの演奏をしてくれました。なので、一応「これは行けたかな・・」という感覚もありました。本番前までは、「これは厳しいな・・」だったので、ものすごくうれしい誤算です。


これは次の日の朝、神奈川新聞を買いにいくときのテンションに響きます。昨年のことはもう覚えていませんが、今年は朝5時台に目覚めて、車で近くの新聞屋さんまでいって買い求めてしまいうほど、元気にいけました。

Switch入手への道

その後会社にいって帰ってきてからニンテンドーSwitchを求めてはるやとふたりでヤマダ電機に行きました。すると、「品切れ中・入荷時期未定」という状況。片っ端から近くの電気店に電話するも同じ状況。これはやばいとスマホでWebをしらべるとかつて10年前にWiiを買おうと思っていた時と同じく、どこでも品薄。皆が入手できずに、入荷情報の情報交換がされている状況。やばい、調査不足だった。

「はるや、どこにもなさそうだ・・・」とつたえると、はるやは「せっかくがんばったのにぃぃ・・・なんでうってないのぉ~?・・」と本気で泣いてしまいました。

頭によぎったのは自分が小学校6年生のとき。中学入試で合格できたお祝いに初代ファミコンをかってもらったときのことです。 2/1に武蔵中学受けて、2/2に合格発表をみてやったーと喜び、2/3に滑り止めの受験をサボって母と池袋まで出て行ったにもかかわらず、品切れでショボーンと返ってきた時の記憶が鮮明に戻ってきました。

ニンテンドーよ・・ お前は、30年前から本当に変わらんやつだな・・

小学校6年卒業間際だった自分は泣いたりはしませんでしたが、まだ小学校3年生になったばかりのはるやには、「品切れ」という状況がまだわからないようで、「おみせのひとに、もっと頑張って売ってって頼んでよぉぉ」などと、明らかに何かを誤解している状況。

 「お店の人は売りたいんだけど物がニンテンドーから来ないから売れないんだよ。」
 「ニンテンドーもつくりたいんだけど、部品が工場から来ないから作れないんだよ・・」

とサプライチェーン的な概念を教えるいい機会となりました。

30年前、私の母はさんざん色々初代ファミコンの入手のためがんばってくれました。インターネットのなかった時代です。1か月後ぐらいあと、結局友達の親戚か何かがおもちゃ屋さんをやっているというつてをたどって、初代ファミコンが私のもとにやってきました。

30年後の今、私が息子のために何をすべきか。 必死にWebで情報をかき集めて1か月かけて入手するのでは、本選へのモチベーションがつなげないし、なによりもそんなに暇ではない。

ということで、定価より数千円上乗せの36000で価格com経由で買ってしまいました。悔しいけど、今回ばかりはしょうがない。

(あとで少しずつ追記したい)


2017年3月19日 (日)

第33回かながわ音楽コンクール一次予選

昨年2次予選で涙をのんだかながわ音楽コンクール。今年も懲りずにエントリしてしまいました。まずは一次予選。曲は鈴木教本2巻よりブラームスのワルツ。ピアノ伴奏は昨年に続きヤマハではるやにエレクトーンを教えてくださっているS先生にお願いしたのですが、ご都合がつかず同じ教室の若いT先生を紹介していただきました。「彼女のほうが演奏現役世代ですから、いいかもしれませんよ!」などと、さすがは我らがS先生。素敵なご配慮です。

本番は撮影禁止なので直前のピアノ合わせ練習を想い出にはっておきます。(YouTubeへのUpも快諾いただけてとてもありがたいです)

このあと音程・移弦・左手の克明さなど、色々改善後本番に臨みました。

本番は長津田の「みどりアートパーク」。まさに昨年2次予選で涙をのんだその場所です。上記練習場所と違ってホールですので、だいぶマシに聞こえました。それと、ありがたいことに本番には強いタイプのようで、練習時の一番上手なときの1.2掛けぐらいのうまさで弾いてくれました。

結果、昨年同様なんとか1次予選は通過することはできました。

Img_20170320_094911
http://www.kanaloco.jp/article/238843


ヨカッタ・・・ 

2016年10月 6日 (木)

La Folia (ラフォリア)

録音完了。長かった・・・


直前(数日前)の練習↓

2016年9月29日 (木)

ヘンデル Violin ソナタ3番へ長調, HWV370 2楽章 Allegro

ラフォリアの録音に向けて品質をあげつつ、ヘンデル Violin ソナタ3番へ長調, HWV370の2楽章 Allegro

伴奏のテンポが速くて色々雑な動画になってしまったけど、レッスンでは無伴奏で少しゆったり弾いたので一旦合格に。

来週はラフォリアの卒業録音。

2016年9月15日 (木)

ヘンデル Violin ソナタ3番へ長調, HWV370 1楽章 Adagio

ラフォリアのまわりでずーっと停滞していたバイオリン。やっと前にすすみだしました。
ヘンデル Violin ソナタ3番へ長調, HWV370 1楽章 Adagio

・さわやかな音でひこうね (ウネウネとビブラートしすぎない)
・なめらかなレガートで弾こう

といった注意点がありました。


2016年8月 3日 (水)

第65回夏期学校(2016)

昨年に続き今年もスズキメソードの夏期学校にやってきました。Violin教室の夏合宿が7/30に終わり、7/31はヤマハJ専発表会、そして8/1に松本へ。パパ的には夏休みだというのに目が回りそうなスケジュールです。

はるやはラフォリアクラスで会場は松商学園。もう一個上のヘンデルのソナタ4番ぐらい行きたかったけどね…この2年ほどバイオリンは停滞気味・・ パパは研究科Cということで会場は市民芸術館、グループですが豊田先生のレッスンを受けられます。パパのバイオリンは仕事の波的にさらに停滞しており、今回の課題曲である以下3曲、まだ暗譜できてないです

 1. ポルディーニ(クライスラー編)/踊る人形  
 2. クライスラー/ベートーヴェンの主題によるロンディーノ
 3. バッハ/無伴奏パルティータ№3より ガヴォット

また、弦楽合奏は「シンプル・シンフォニー第1,4楽章/ブリテン」で2ndバイオリン担当となってます。あまり好きになれないタイプの曲でこちらも全然弾けてません。今年も相変わらずピンチです。


先生の顔をつぶさぬよう頑張らねば・・・ 

8/1(月) - 0日目

Piano科以外は夏期学校は明日からですが、前日入りということで松本に到着。 宿にチェックインしたあとでまずは昨年行けなかった先生オススメのジェラート屋さんにいきました。

店内ではバッハの管弦楽組曲が流れており、おお、やっぱり先生オススメのお店だと妙に納得しました。

その後松本市内で明日からの会場や駐車場をチェックし、なりゆきてきに2年前に訪れた豚さん食堂というところで晩御飯をいただきました。

明日は、午前中に体育館の軒下でいくつかHaruya's Violinのロケをしておきたいな。
7/29-30で参加した上郷森の家での夏合宿の2曲あたりを撮影しておこうか。

8/2(火) - 1日目

朝はホテルでグダグダとして(パパはサイレントバイオリンでシンプルシンフォニーの練習)、11時ごろにキッセイのホールで受付完了。午後から70周年コンサートというのがありました。

はるやは2013年の世界大会から、2014,2015ときて今年で3回目の夏期学校です。パパは1982年~1984年ごろ(よく覚えていない)に一回参加したので、今回は4回目の夏期学校なんだなぁ。そうか…30年以上あいてるのか。今年は大人のスズキなんていうことを謳い始めていましたが、やはり今年もオっちゃん生徒参加者は私以外いまのところ見当たっていません。

しかし、本日の70周年イベントというものではOB/OGも一部参加していらっしゃいました。ちなみにOB/OGの皆さんのセクションにはしっかりイスが用意されておりました。あー、ずるいー、いいなぁ・・・
40過ぎたオッちゃんでもOBでなく生徒である以上、あくまで体育館に直に座って待たねばなりません。
まぁ、いいけど~(・ω・)ノ  やっぱ体育館では体育座りするのが王道だよねってことにしときます

ズボン
でもやはりちと腰がつらいですね。
というか実を言うと、それよりももう一つ床すわりがつらい理由がありまして。
今回ベルトを忘れてきてしまったので、
体育座りをするとズボンがちょっとずれて後の人にパンツが少し見えてしまうのではないかと、
そのことをずっと気になってしまっていました。

いや、年頃の女の子などとちがって別に恥ずかしいわとかではないのですが、オッちゃんは別の意味で、すなわち変な汚いものを見せてしまって周囲を不快にしないようにという観点でやっぱりそこは気になるのです。

話がずれましたね。70周年コンサートです。

時々エックレスやらフィオッコやらを時々弾きつつ、スクリーンの映像と、司会の方のナレーションで、戦後間もない時代からスズキメソードがどうやって発展していったか歴史を振り返るというコンサート、色々考えさせられつつ楽しませていただきました。楽器弾き終わって座るたびにズボンがズレないようにドキドキしながら。

宗教でもいっかな
この式典で改めて思ったのは、やはり巷でときどき言われるようにスズキは宗教的だなということです。でも、悪い意味ではなくむしろ良い意味で。鈴木先生の著作「愛に生きる」を引用がスクリーンに流れたときにそのことを思いました。「音楽を通じで人を育て、世界をよりよいものに」という先生の理念は、やはり普遍性と輝きがあります。だからこそ世界に受け入れられてこれだけ広がったのかなと。そして、その理念はもう音楽という範囲は通り過ぎて、人の生き方、人間社会のあるべき姿にまで言及しており、そのための「教育」の形を規定している。そして実践としての日々の繰り返し練習(修行・苦行)…  なんと宗教的なんでしょう!

無論スズキは宗教ではないのですが、仮に宗教であると捉えてみたときにも「もう信者でいいや」と思ってしまったのが今回の私の中での変化です。

ちなみに私自身は全然敬虔ではない信者です。巷にあふれるいろんなスズキ批判についても個々については結構なるほどと思ってるし、ヤマハ音楽教室にも息子をいれています。また「スズキコンプレックス」とでもいうんでしょうか。中高の弦楽的部活で出会った非スズキの仲間との付き合いの中で、「スズキであること」を恥ずかしく思うメンタリティが形成されてもいて、実をいうとやはりそれは今でも引きずっています。じっさい楽器屋で試しびきするときには、スズキの教本はつい避けて弾いてしまいます。

私の母も(短期間ながら)スズキでバイオリンをやり、私と妹もそれをやり、息子にやらせているという事実がそこにありますが、母や私や妹がというところまでは私の意思ではありません。私の意思でスズキに参加しているのは息子を入れた時からの話。しかも、それは「まぁ、他をよく知らないし、スズキでいっかな」という惰性的なところも多分にありましたし、それで訪れた地元の先生がたまたま「バイオリン指導者としてすぐれている」と思えたこと。それがすべてです。即ちこういってしまうと寂しいですが経済合理性の中での判断です。

でも、今回70周年記念コンサートで体育館で立ったり座ったりしながら思ったのは、私や私の家族がなんだかんだいって信者だと思うし、これからも信者でい続けよう、息子にもそれを継いでもらっていいかなということでした。
スクリーンに流れる映像を見ながらドッペルやら何やらを弾いたり立ったり座ったりしていたら、「教義」である「音楽を通じて立派な人間になろう。」というものに全面賛成だよなぁ、ということを再認識したのかもしれません。まあ、まるで教会で牧師さんの話を聞きながら賛美歌を歌ったり立ったり座ったりするのと似てますね、多少洗脳されたのかもしれません。

ちなみに、もしこの「宗教」が、故鈴木先生個人を教祖として個人崇拝するようなものあるとそれはオウム的で北朝鮮的な匂いが漂ってしまいます。時々そういう風にもとらえられてしまう演出になってしまっている部分もあり、そこは残念に思ったのですが、そういう部分については、組織運営上どうしても求心力的なものが必要なんだろうなぁと流すことにしていますし、その部分をどう自分の中で認めたかというと、鈴木先生が人生をかけて築き育てた普遍的で共感できる理念を柱に一緒に音楽・人生・社会というものと向きあい、信じて生きてゆこうよという話ととらえれば、決して不健全なことではないとそのように脳内で処理しました。

私の中にはこれまでもおそらくこれからも、鈴木先生に対する不信の部分もあります。神様だとは思っていません。私が小学生のときに参加した夏期学校で、一緒に参加していた同じ教室の(かわいい)同級生の女の子から「アイス食べてたら、鈴木先生に『ちょっとちょうだい』って言われて舐められたの。うれしい!」という話を聞いて、「えぇぇ!なにそれ!?」と驚いた経験がある以上覆りようがありません。それにスズキコンプレックスに(多少)悩んだりもしましたし、色々な人が書いている批判にも一理あるとおもうからです。でも、それはそれでいいんです。

今回の式典で改めて認識できたのは、鈴木鎮一という人物が、当時からすれば途方もない壮大なビジョン・夢を描き、共感を集めて、それを実現していったんだなぁということ。たとえば、どうやってカザルス連れてきたのかなぁとか想像したりしながら映像を見ていたわけですが、それぞれ大変なことですよね。しかし、そういう一つ一つのことを丁寧に積み重ねて、このスズキメソードという巨大なものをおつくりになったわけで、なるほど、それはやはりスゴイし尊敬・賞賛に値するよなぁ・・と、素直に認めて良いのではないかと思ったわけです。

そりゃこれだけ大規模なものに育ったわけで、その過程で内外で色んな摩擦はあったんだと思います。キレイごとだけではないでしょう。色々な批判が生まれるのも当然。そこのミクロな部分に焦点をあてればボロは出るでしょう。しかしマクロにとらえれたとき、子供たち、指導者たち、保護者達を引っ張ってきたリーダシップや組織を拡大していった経営の力も普通にスゴイよねと思うわけです。

コンサートを見た後、われらがM先生オススメのイタリアンでディナーをいただきホテルに戻りました。

8/3(水) - 2日目

昨晩は、上記動画の編集やら、スズキについて思ったことなどの作文などしてるうちに夜更かしをしてしましいました。結果朝非常につらく、朝食食べられませんでした。また市内渋滞が思ったより悪く、レッスンにもチョイ遅刻してしましました。 誰が見るか分からないブログでは、自分のことは自由にかけますが、他者のことを書くときは気を使わねばなりません。一方で自分の想いにも正直でありたい。そういうことで、どうしても書くのに時間がかかってしまう・・

そういう訳で、本日の分は余り悩まないように、内容薄めで、うわべだけ書きたく思います。

午前中は豊田先生のレッスン。しかし先生は数日前にお怪我をなさったということで、本日の最初だけということで、ロンディーノだけ1時間強のレッスンでした。
そして驚いたことに、レッスンの約99%は「この曲をどう感じるか」「クライスラーの音をどう感じるか」「クライスラーはどんな人だったのか」といったお話でした。

研究科Cともなるとやはり…という部分もあるし、このロンディーノというただ弾くだけなら簡単な曲ということもあるし、ですが、
とにかく「音楽をどのように表現するのか」ということに焦点をあてたレッスンでした。

・・・あ、うわべだけにしないとね・・・ ホント、色々書きたいのだけど、明日があるので、うわべだけにします。

クライスラー自身の演奏を聞いて、「感じた事」を言葉にしてみようというレッスンです。
お恥ずかしながら、私は最初「あ、そこそう弾くのね」、へーそこ音切るんだ・・・、グリッサンドかぁとか、リズミカルだなぁ、3拍子だなぁとか、そういうまさにウワベしか聞けませんでした。

先生は「音楽はまず感じるところから」「心からのエネルギー」というお話にはじまり、色々なヒントをくれました。
先生は以下のようなものを感じるとのこと:

・やさしさ、暖かさ
・規律、平均感覚、気品、品格
・音のハリ、前へ前へと進む発展性
・ユーモア: 来たと思ったら、隠れてしまうような
・呼吸・休符の音楽
・克明さ、歯切れの良さ:どんなピアノでもはっきりしている。 
・おいしそうな音。生命感。しかし節度もある

etc...書ききれないほどのお話

音楽を聞いて、何を感じるかが、これだけ違えば、そりゃ奏でる音楽も変わってくるわなぁと大きくうなずきました。

自分が感じたものがいかにウワベだけの貧弱なものであるか、思い知りました。そんなものしか感じていない中で
何を弾いても聞き手に何も伝わるわけない…
ふと自分の演奏を撮った動画が頭に浮かびました。
「はーい、いい年こいて頑張ってまーす。素人の割には、そこそこ弾けてるでしょ? 」
ぐらいしか伝わりようがないですね…

そんなもの受け取った聞き手は良くて「まあね。いいんじゃない?結構ガンバてるね」ぐらいしか反応しようがない。

曲を弾く前に、どうひきたいか感じて言葉にするなどして固めておくこと。
確かに「音楽」を奏でるため、つまり聞き手に伝わる表現を実現する
ためには必須なのかなと思いました。

実は先生、結構お怪我ひどそうななかかなり無理をしていらっしゃっていた様子でした。
しかし「これからのスズキのことを思って、これだけは伝えておきたいから」
ということをおっしゃってこのレッスンでした。

なるほどなぁ…

…って、そろそろねなきゃ、あとはもっとウワベだけ、

お昼は家族合流してサイゼリア。

その後午後は私は弦楽アンサンブルでシンプルシンフォニーの練習、
はるやたちは午後のコンサートをききます。

やっぱアンサンブルは楽しいな。聞いてただけじゃあまり
好きになれなかったこの曲も、ひいてたら楽しくなってきたよ。

夜のコンサート:
 ・宮田大さんのチェロ
 ・荻原尚子さんのバイオリン
    ヘンデルのソナタ4番よかった
    
 ・セロ弾きのゴーシュ
    夏期学校というオーディエンスにぴったりの「なるほど!」と思うステージ。
    ⇒ はるやの食いつきも、めちゃいい。
    お話の中に音楽を織り交ぜると、音楽がスンナリ入ってくる。
    (お恥ずかしながら私自身もです)
    
    やっぱり知らない曲はなかなかとっつきづらいし眠くなるのが
    一般的なコンサートというものなのかなと思う。けど「物語」が入ると
    その力学が崩れて、情景から音楽が入ってくるので、スンナリ楽しめてしまう。
    
    こういうのもっと世の中に沢山あったらいいなぁ

やばい、ねます。


8/4(木) - 3日目

正岡先生

弦楽A


8/5(金) - 4日目(最終日)

正岡先生

アルプス公園

2016年7月30日 (土)

Violin教室の夏合宿(2016)

横浜市上郷森の家での2泊3日のViolin教室夏合宿、4回目の参加となる今年は1日目はお休みして2日目・3日目で1泊だけ参加させていただきました。

恒例のViolin二重奏はこんな曲でした。今年ははるやが最上級生でちょっと簡単すぎたかなとおもいましたが、練習しないとやっぱりだめですな・・・ 

○トルコマーチ (数日後、夏期学校の受付時間に撮影)


○大きな古時計 (さらに数日後、夏期学校が終わって帰りの旅行中に撮影)


どちらも、ちゃんと弾けておらずごまかしていた模様。こうやってビデオに撮ろうとしたら発覚して、復習して撮影しました。他の参加者の皆さんすみませんでした。

最終日3日目、ヤマハのレッスンの時間があり、成果発表会のあとの「お楽しみ会」には出られませんでした。
はるやはがっくりきてそのあとずっとだたをこねてました。

2016年7月18日 (月)

Beethoven交響曲8番 (演奏会)

半年前の交響曲5番に続き、今回は8番です。小学校のお友達が何人も見に来てくれて、はるやもうれしそうでした。 
暑い中見に来ていただいて、ありがとうございます!

しかし、こうやってビデオに撮ってみると、色々反省点が見えます。


1楽章 Allegro vivace e con brio


2楽章 Allegretto scherzando


3楽章Tempo di Menuetto


4楽章 Allegro vivace

あきらかに、3連符追いついていません・・・ ははは


この半年の練習は、、ひとことでいうと、家であまり練習しませんでした。
というかエレクトーンやコンクールの練習などが大変で出来なかった。

それでもここまでは弾けたということは、読譜力が向上したということでうれしいこと。
しかし、ビブラートほとんどかけずに悪い姿勢で、結構ただ音符を追っているだけになってしまっている部分があるのはやはりもったいない。ビデオを見てよくわかりましたが、もうちょっと家で練習しておけばよかったなぁと思います。

そのためには、家で教えるパパがもうちょっと弾けないといけない。早めに弾けるようになって、教えるほうにパワーをかけないといけないですね・・・ 弾けてないのを無理やり弾くと、汚い音で弾く悪いクセがついて、ヘタになってしまうという力学があるので、しっかりマネージせねばならないなぁ。(読譜力初見力は上がるけど、音が悪くなる⇒すると、音を出しかたを思い出す練習時間が別途必要になる⇒・・・悪循環)

次は期の前半にもうちょっと練習して、オケの練習での音が悪くなる要素を最小化するようにしよう。それと、オケの練習の前にしっかり音出しをして、弾けないなりにも練習中マシな音で弾けるようにしなきゃいけない。

練習中、横で弾いていたのだけど、自分の演奏に必死ではるやのことちゃんと見れてなかった。ビデオで見てはじめて「ここまでひどかったか」と、反省しました。

しかし、出番の前に舞台袖で、「僕もいつかオーケストラの曲を作曲したいなぁ」なんて言ってくれたのに救われました。本物のオーケストラ楽器、特に弦楽器奏者からはなじみの薄い管楽器や打楽器の本物の演奏とアンサンブルしている体験は、きっとJOCの作曲のほうにも活きてくれると信じてます。

2016年7月 2日 (土)

Violoncello da spalla という楽器

先日、ぼんやりWebを見ていたら、Violoncello da spallaという楽器があるということを知りました。

「ひ・・・ ひいてみたい・・・   ほ・・・ ほしい・・・」

バイオリンをやっている人間にとって、チェロというのはなんとも、自分にかけたすべてを持っている魅力的な楽器だと思うのは私だけででしょうか。

バイオリンと一緒に弾く楽器というと大体ピアノだったりするのですが、二つの楽器は明らかに音質が大きく異なっていて、溶け合う感じには中々なりません。 バイオリンとバイオリンだとよく溶けますが、音域が高音域に偏ってしまって、弾ける音楽の幅がだいぶ限られてしまいます。 

僕がバイオリンを弾くのが心から楽しいと思えたのは、中学2年生で学校の弦楽の部活に入ってからでした。まだよく覚えているのですが、何気なくVivaldi の四季の春、3楽章の楽譜を見つけて、ソロパートの簡単な部分だけ拾い弾きしていたときに、チェロの先輩がはいってきてくれたときのことです。「わっ、すごい。ちゃんとした音楽になった」という感覚。「なんて楽しいんだろう」という感覚。その先輩が上手だったことや、音響の良い場所だったことも手伝ってなのかもしれないのですが、私の中ではきっと一生忘れない経験であり続けるのだろうなと思う。

そんなこともあり、若いときはチェロを弾ける人と結婚したいとすら結構本気で思ってました。しかし結局チェロもピアノも弾けない人と結婚してしまい、息子にはなぜかバイオリンを習わせてしまいました。最近息子もそこそこバヨリンが弾けるようになってきて、一緒に弾いていて「親子だから」ではなく「音楽的に」も楽しいと思える瞬間が時々出てくるようになってきました。しかし、悲しいかなやはり低音がそこにないのです・・・

私のためにも、息子のためにも、低音を私が弾けたらどんなにいいだろうと思うのです。
そんなことを考え、数年前にビオラを購入しました。が、ビオラはやはり中音楽器です。 バヨリン・バヨリンよりは幅が出ますが、低音がまだ足りません。ヘンデルのソナタなんかをこれからやってゆくはるやにとって、通奏低音がほしいのです。

ご存じのとおり、バヨリン・ビヨラは、型にのせて弾く小さ目の高音・中音を担当する楽器で、チェロは立てて足ではさんで弾く大きい低い音を担当する楽器なわけですが、形や構造は結構そっくりで、調弦もEADG, ADGCと一本ずれているものの、5度間隔であることもかわりません。

エレキギターとエレキベースに似た関係ですね。実際、エレキギター弾きはエレキベースもピック弾きならある程度できたりするような感じで、バヨリン弾きはハ音記号さえ読めればビヨラもある程度弾けてしまいます。

しかーし、バヨリン・ビヨラ弾きにとってチェロを弾くというのは、非常に難しいことなのです。それは、なぜかというと、肩に乗せて弾くのと、足に挟んで弾くことの違いから来ているのですが、左右がひっくり返ってしまう感じがあるからです。

右側通行なアメリカなどで車運転するのとちょっと似てます。が、もうちょっと厳しい感じですね・・

具体的には、高い弦に移動しようとすると、バヨビヨでは手首がさがる方向になるのですが、チェロでは上がる方向になる。だから移弦するたびに、「あ!逆だった!」という感じになってしまうのです。

車でいうと、右にハンドル回すと左に曲がるぐらいのイメージですね。


だから、チェロ弾きが遊びで「バイオリン弾かして~」なんていってるところに貸してあげると、こういう弾き方をしたりします。 


(この人は縦弾きバイオイン・スゲーうまいな・・・)

実際、先ほど書いたチェロの先輩に楽器を貸したらこんな風に弾いてました。「じゃあ、バイオリンひきもチェロを肩に乗せればひけるじゃーん」ともいえるのですが、「いや、乗せられないでしょ!」という冷静な判断がそこに来てしまうのです。

そうです。ここは一方通行なのです。

きっと、エレキギターの2弦3弦の長3度のところで「あっ」となってしまうエレキベース弾きが感じる「一方通行感」よりも大きいのではないでしょうか。

で!

・・・・ 本題にここでやっと入ります。


Webでこんなの見ちゃったんですよ。

うっはーー・・・

ほしいじゃんよ~、 楽しそうじゃんよ~

こんなにうまくひくのは無理にしても、ヘンデルのソナタの伴奏ぐらいなら、おいらでもなんとかなるんじゃない?

早速Webで調べまくりましたよ・・・ でも、こんな楽器どこでも売ってない・・・
売ってても超高い・・・ サラリーマンの趣味レベルでは無理・・・

ということで、まだ入手はできてないのですが、引き続き時々この楽器の安いモデルがでないかなぁと時々Webチェックはかけてきたいと思います。

中国製で10万ぐらいとかないのかなぁ。

自作しなきゃだめなのかなぁ・・・
ちなみに、このブログ書きながら気づいたのですが、ひょっとすると、弦の張り方を逆にしたチェロなら少し弾けるのかもしれない・・・ 超安い子供用チェロにストラップつけてみるとか? 引き続き悩んでみよう。

Haruya's Violin

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